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疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


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第二十四話 白い地下の牛達

地下鉄のドアが開く。

 

白い風。

 

歩き疲れた牛達が、静かに降りてくる。

 

誰も急がない。

 

終電が近い時間になると、人の歩き方は少し変わる。

 

昼の地下は、どこか戦っている。

 

でも、夜の地下は違う。

 

みんな、少し疲れている。

 

そして、多分。

 

少し草を探している。

 

地下を歩きながら、ふと思う。

 

人間は、いつからこんなに呼吸を止めるようになったんだろう。

 

強くなるため。

 

壊れないため。

 

誰かに負けないため。

 

そうやって、閉じていく。

 

でも。

 

閉じたままだと、人は発酵出来ない。

 

少し空気が必要なんだ。

 

少し、誰かの呼吸が必要なんだ。

 

店へ入る。

 

「こんばんは」

 

女の子が、小さく笑う。

 

その声を聞くだけで、少し身体が緩む。

 

席へ座る。

 

水が置かれる。

 

透明なグラス。

白い氷。

 

カラン。

 

その音を聞いていると、不思議と地下の風を思い出す。

 

どちらも、呼吸だった。

 

女の子が、水を飲む。

 

自分も、水を飲む。

 

また氷が鳴る。

 

カラン。

 

その短い同期だけで、空気が少し柔らかくなる。

 

無理に何かを埋めなくていい。

 

沈黙が、そのまま呼吸になる。

 

その感じが、妙に好きだった。

 

「最近、ちょっと顔変わりましたね」

 

女の子が言う。

 

「変わりました?」

 

「前より、地下っぽくないです」

 

そう言って笑う。

 

地下っぽくない。

 

その言葉に、自分も少し笑ってしまう。

 

昔の自分は、確かに地下そのものだった。

 

白く。

乾いて。

閉じていた。

 

でも今は、少し風が通っている。

 

その感じを、自分でも少し分かる気がした。

 

店の奥で、誰かが笑う。

 

別の席で、また氷が鳴る。

 

カラン。

 

その全部が、ゆっくり場へ溶けていく。

 

牧場。

 

また、その言葉を思い出す。

 

疲れた牛達が、水を飲み、草を食べ、また歩き始める場所。

 

完全に救われる場所じゃない。

 

でも。

 

少し呼吸を戻せる場所。

 

多分、人間にはそれで十分なんだと思う。

 

店を出る。

 

銀座の夜風が、少し暖かい。

 

地下へ降りる。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

でも、今はその群れが少し愛おしく見える。

 

みんな、今日も頑張って生きている。

 

少し草を食べながら。

 

少し感謝を混ぜながら。

 

少し呼吸を戻しながら。

 

地下鉄がホームへ滑り込む。

 

白い風。

 

その風を受けながら、静かに目を閉じる。

 

白い地下のどこか遠くで、また氷が鳴る音がした。

 

カラン。

 

その小さい音を聞きながら、歩き疲れた牛達は、今日も静かに夜の地下を歩いていく。


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