↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/66

第二十一話 呼吸のあと

電車が動き出す。

 

窓へ、白いLEDが流れる。

 

地下の光は、どこまでも同じ色をしている。

 

でも、不思議と飽きなかった。

 

昔は、この白さが少し怖かった。

 

感情が無い。

温度が無い。

 

そんな場所に見えていた。

 

でも今は違う。

 

白い地下の中にも、ちゃんと呼吸がある。

 

人が、水を飲む。

 

誰かが、「お疲れさま」と言う。

 

誰かが、小さく笑う。

 

その度に、空気が少し柔らかくなる。

 

地下の牛達は、完全には閉じていなかった。

 

小さい穴から、少しずつ呼吸を交換していた。

 

その感じを知ってから、地下の景色が少し変わった。

 

店へ入る。

 

その日、女の子は少し静かだった。

 

でも、無理に話さなくても、不思議と苦しくない。

 

水を飲む。

 

カラン。

 

女の子も、水を飲む。

 

また氷が鳴る。

 

カラン。

 

その短い音だけが、静かに場へ残る。

 

「最近、なんか落ち着いてますよね」

 

女の子が言う。

 

「そうですか?」

 

「前より、ちゃんと息してる感じ」

 

少し笑う。

 

その言葉が、ゆっくり身体へ入ってくる。

 

ちゃんと息してる感じ。

 

昔の自分は、多分。

 

ずっと何かを掴もうとしていた。

 

強くなろうとしていた。

 

答えを探していた。

 

でも。

 

本当に必要だったのは、多分。

 

少し呼吸する事だった。

 

少し空気を混ぜる事だった。

 

少し感謝を受け取る事だった。

 

人は、それだけで案外壊れずに歩いていける。

 

店の奥で、また氷が鳴る。

 

カラン。

 

誰かが笑う。

 

別の誰かも、少し笑う。

 

その空気が、静かに場へ広がっていく。

 

牧場。

 

ふと、その言葉を思い出す。

 

疲れた牛達が、水を飲み、草を食べ、また歩き始める場所。

 

完全に元気になる場所じゃない。

 

でも。

 

少し呼吸を思い出せる場所。

 

多分、人間にはそれで十分なんだと思う。

 

店を出る。

 

銀座の夜風が、少し暖かい。

 

地下へ降りる。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

でも、今は思う。

 

この白い地下は、閉じた場所じゃなかった。

 

無数の小さい呼吸が、静かに行き交う場所だった。

 

人は。

 

完全に孤独なままでは、生きていけない。

 

でも。

 

完全に分かり合う必要もない。

 

少し通じる。

 

少し呼吸を混ぜる。

 

それだけで、人はまた歩き始める。

 

地下鉄がホームへ滑り込む。

 

白い風。

 

その風を受けながら、静かに目を閉じる。

 

どこか遠くで、また氷が鳴る音がした。

 

カラン。

 

その小さい音を聞きながら、歩き疲れた牛達は、今日も静かに白い地下を歩いていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。