第二十話 白い光
地下鉄が、ゆっくりホームへ入ってくる。
白い風。
その風が吹く瞬間、ホームの空気が少し揺れる。
歩き疲れた牛達の髪が揺れる。
コートが揺れる。
みんな、一瞬だけ同じ風を受けている。
その感じが、妙に好きだった。
昔は、地下は閉じた場所だと思っていた。
空も無い。
風も無い。
ただ、人が流れていくだけの場所。
でも今は違う。
地下には、ちゃんと風が通っている。
そして。
人と人の間にも、少し空気が流れている。
店へ入る。
その日、女の子は少し疲れて見えた。
でも、水を飲みながら、小さく笑う。
カラン。
氷が鳴る。
その音を聞きながら、自分も水を飲む。
また氷が鳴る。
カラン。
その短い同期が、不思議と身体を落ち着かせる。
「最近、なんか違いますね」
女の子が言う。
「何がです?」
「前より、空気柔らかいです」
そう言って笑う。
その言葉が、静かに身体へ残る。
空気柔らかいです。
昔の自分は、多分、ずっと固かった。
閉じていた。
強くなろうとしていた。
でも。
強さって、多分。
閉じる事じゃなかった。
少し開ける事だった。
少し空気を通す事だった。
少し感謝を混ぜる事だった。
人は、その小さい通気の中で、また呼吸を思い出す。
店の奥で、誰かが笑う。
別の席でも、少し笑う。
氷が鳴る。
カラン。
その全部が、静かに場へ溶けていく。
牧場。
ふと、その言葉を思い出す。
疲れた牛達が、水を飲み、草を食べ、また歩き始める場所。
完全に元気になる訳じゃない。
孤独が消える訳でもない。
でも。
少し呼吸が戻る。
それだけで、人はまた歩いていける。
店を出る。
銀座の夜風が、静かに頬へ触れる。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも、その白い地下を歩きながら、ふと思う。
地下には空が無いと思っていた。
でも、違った。
空は、人と人の間に出来る。
沈黙の中。
氷の音の後。
「少し楽でした」
の後。
そういう小さい間の向こう側で、何かが静かに光っている。
それは、強い光じゃない。
目を焼くような光でもない。
ただ。
疲れた牛達を、少しだけ前へ歩かせる、小さい白い光。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風を受けながら、静かに息を吸う。
呼吸が、少し深くなる。
そして今日もまた、歩き疲れた牛達は、白い地下を静かに歩いていく。




