第十九話 少し高い天井
地下の天井は、相変わらず白かった。
低い。
圧迫感がある。
白いLEDが、ずっと続いている。
でも、不思議と以前ほど苦しくない。
地下は変わっていない。
変わったのは、多分、自分の呼吸だった。
歩き疲れた牛達が流れていく。
スーツ。
スマートフォン。
疲れた靴。
その群れへ混ざりながら、ふと思う。
みんな、今日も何かを抱えている。
仕事。
孤独。
疲れ。
後悔。
でも。
それだけじゃない。
どこかで、小さい光も受け取っている。
短いLINE。
水。
笑顔。
「お疲れさま」
そういう、小さいもの。
それらを身体へ少しずつ混ぜながら、人は今日も歩いている。
店へ入る。
女の子が、水を飲んでいた。
カラン。
氷が鳴る。
その音を聞くだけで、少し安心する。
「最近、静かですね」
そう言われる。
「そうですか?」
「なんか、前より呼吸してます」
少し笑う。
その言葉が、また身体へ残る。
呼吸してます。
昔の自分は、多分。
ずっと息を止めていた。
考えて。
構造を見て。
強くなろうとして。
閉じたまま、生きようとしていた。
でも。
人は、閉じたままだと苦しくなる。
少し穴が必要なんだ。
少し風が必要なんだ。
少し、誰かの呼吸が必要なんだ。
女の子が、水を飲む。
自分も、水を飲む。
カラン。
また、少し遅れて。
カラン。
その短い同期が、静かに場へ広がっていく。
誰かが笑う。
別の席でも、少し笑う。
その空気が、ゆっくり混ざる。
店全体が、静かに呼吸している。
その感じを見ていると、ふと思う。
人間は、多分。
強いから、生きているんじゃない。
少しずつ、空気を分け合っているから、生きていけるんだ。
店を出る。
銀座の夜は、少し暖かかった。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも、その地下の天井が、以前より少し高く見える。
空は、上だけにあるんじゃない。
人と人の間にも、空は出来る。
沈黙の中。
感謝の後。
氷の音の余韻。
そういう、小さい間の中へ、風が通る。
そして、その風に少し呼吸を預けながら、人はまた歩いていく。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風を受けながら、静かに目を閉じる。
どこか遠くで、また誰かが水を飲んでいる気がした。




