第十八話 地下の空
地下鉄へ乗る。
窓へ、自分の顔がぼんやり映る。
白いLED。
流れる光。
少し疲れている。
でも、昔ほど息苦しくない。
それが不思議だった。
地下を歩く。
歩き疲れた牛達。
みんな、静かに流れている。
でも今は、その群れが少し柔らかく見える。
誰も、完全には閉じていない。
どこかで、水を飲んでいる。
どこかで、感謝を受け取っている。
どこかで、少し呼吸を戻している。
その感じが、地下全体へ薄く広がっている気がした。
店へ入る。
「こんばんは」
女の子が笑う。
その笑い方が、少し眠そうだった。
でも、柔らかかった。
水を飲む。
カラン。
また、少し遅れて。
カラン。
その音を聞いていると、ふと思う。
人は、多分。
完全に分かり合うために居るんじゃない。
完全に救い合うためでもない。
もっと、小さいものなんだと思う。
少し空気を混ぜる。
少し呼吸を貸す。
少し感謝を通す。
それだけ。
でも。
それだけで、人はまた歩いていける。
女の子が、小さく言う。
「最近、前より地下っぽくないですね」
「地下っぽくない?」
「なんか、少し風通ってます」
そう言って笑う。
その言葉が、妙に嬉しかった。
風通ってます。
昔の自分は、多分。
完全に閉じていた。
閉じたまま、強くなろうとしていた。
でも。
人は、閉じたままだと発酵出来ない。
少し空気が必要なんだ。
少し草が必要なんだ。
少し、誰かの呼吸が必要なんだ。
店を出る。
銀座の夜風が、頬へ触れる。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
その群れを見ながら、ふと思う。
地下には、空が無いと思っていた。
でも、違った。
空は、人と人の間にあった。
沈黙の中。
氷の音の後。
「ありがとうございます」の後。
そういう、小さい間の中へ、空気が流れている。
そして人は、その見えない空を通して、少しずつ呼吸を交換している。
地下鉄がホームへ入ってくる。
白い風。
その風を受けながら、静かに息を吸う。
白い地下の天井が、ほんの少し高く見えた。




