第十七話 白い天井
地下には、空が無い。
ずっと、そう思っていた。
白いLED。
低い天井。
乾いた風。
地下は、閉じた世界だった。
でも、最近時々思う。
本当に閉じているんだろうか。
地下鉄がホームへ入ってくる。
白い風。
その風が吹く瞬間、空気が少し揺れる。
歩き疲れた牛達の髪が揺れる。
コートが揺れる。
みんな、少しだけ同じ呼吸をする。
その一瞬だけ、地下が少し広く見える。
店へ入る。
その日、店は静かだった。
雨の後だったせいか、みんな少し疲れて見える。
でも。
その疲れ方が、以前ほど苦しそうに見えなかった。
人は、多分。
疲れる事そのものより。
完全に閉じる事の方が、苦しいんだと思う。
女の子が、水を飲む。
カラン。
氷が鳴る。
自分も、水を飲む。
また氷が鳴る。
カラン。
その短い同期だけで、空気が少し柔らかくなる。
「なんか、不思議ですね」
女の子が、小さく言う。
「何がです?」
「ここって、みんな疲れてるのに」
少し笑う。
「なんか、息してますよね」
その言葉が、静かに身体へ入ってくる。
息してますよね。
多分、それが全部だった。
銀座の牛。
地下の牛。
みんな疲れている。
でも。
完全には閉じていない。
少し空気を通している。
少し感謝を渡している。
少し草を分け合っている。
その小さい通気の中で、人は今日も壊れずにいる。
店を出る。
銀座の夜は、少し霧が出ていた。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも、その群れを見ながら、ふと思う。
地下には、空が無いと思っていた。
でも、違った。
空は、上にあるとは限らない。
人と人の間に、少し空く。
沈黙の隙間。
氷の音の後。
「少し楽でした」
の後。
そういう小さい間に、空気が通る。
そして、その通気の向こう側で、人は少し呼吸を思い出す。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風を受けながら、静かに目を閉じる。
白い地下のどこか遠くで、また誰かが水を飲んでいる気がした。




