第十三話 水を飲む人達
地下を歩く。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも最近、時々思う。
人は、どうして水を飲むんだろう。
喉が渇くから。
もちろん、それもある。
でも、多分。
それだけじゃない。
銀座の店で、水を飲む女の子達を見ていると、そう思う。
会話の途中。
沈黙の前。
笑った後。
小さいグラスへ口をつける。
まるで、呼吸を整えるみたいに。
その仕草が、妙に身体へ残る。
店へ入る。
その日、女の子は少し静かだった。
でも、不思議と無理に話そうとは思わなかった。
水を飲む。
氷が鳴る。
カラン。
少し遅れて、女の子も水を飲む。
また、氷が鳴る。
カラン。
その短い同期だけで、十分だった。
人間は、多分。
言葉より先に、呼吸で繋がっている。
そんな気がする。
「最近、ちゃんと寝てます?」
女の子が聞く。
「少しは」
「前より顔が柔らかいです」
そう言って笑う。
その言葉が、妙に残る。
顔が柔らかい。
昔の自分は、多分ずっと力が入っていた。
閉じていた。
完全に閉じたまま、生きようとしていた。
でも、人は多分、それでは発酵出来ない。
少し穴を開ける。
少し空気を通す。
すると、何かが静かに変わり始める。
感謝。
沈黙。
同期。
そういう、目に見えないものが、少しずつ身体へ混ざっていく。
それは、恋愛とも少し違った。
もっと静かだった。
もっと、呼吸に近かった。
あなたが居ると、少し楽になる。
多分、それだけだった。
でも、人間にはそれが必要なんだと思う。
店を出る。
銀座の夜風が、少し暖かい。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
その群れを見ながら、ふと思う。
みんな、どこかで水を飲んでいる。
どこかで草を食べている。
どこかで、少し呼吸を戻している。
その小さい繰り返しで、人は今日も壊れずに歩いている。
地下鉄がホームへ入ってくる。
白い風。
その風を受けながら、水を飲む。
少し呼吸が戻る。
そしてまた、歩き疲れた牛達は、静かに夜の地下を流れていく。




