第十二話 風の通り道
地下には、風の通り方がある。
ホームへ電車が入る前。
遠くから、白い風が流れてくる。
その瞬間だけ、歩き疲れた牛達の髪が揺れる。
コートが揺れる。
みんな、少し同じ顔をする。
目を細める。
呼吸を整える。
その一瞬が、妙に好きだった。
地下では、誰も誰かを見ていない。
でも。
完全に無関係でもない。
同じ風を受けている。
同じ白い地下を歩いている。
同じように、どこか疲れている。
その感じが、少し安心する。
店へ入る。
「こんばんは」
女の子が、小さく笑う。
それだけで、空気が少し変わる。
グラスへ水が注がれる。
氷が鳴る。
カラン。
その音を聞くだけで、少し肩の力が抜ける。
何を話したかは、時々思い出せない。
でも。
どんな空気だったかは、身体が覚えている。
静かだった。
時々笑った。
時々沈黙した。
そして、水を飲んでいた。
それだけ。
でも、多分。
人間には、本当はそれくらいが必要なんだと思う。
無理に理解しなくていい。
無理に救わなくていい。
ただ。
少し呼吸を混ぜる。
少し感謝を混ぜる。
すると、人はまた少し歩ける。
女の子が、水を飲みながら言う。
「なんか、ここ来ると落ち着きますね」
「牧場だからですかね」
そう言うと、少し笑う。
「疲れた牛の?」
「そうです」
また笑う。
その笑い方が、少し柔らかかった。
完全に元気な笑いじゃない。
でも。
少し呼吸している笑いだった。
その感じが、妙に好きだった。
店を出る。
銀座の夜は、少し湿っている。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
でも、もう以前ほど冷たく見えない。
みんな、どこかで風を受けている。
どこかで草を食べている。
どこかで、誰かと少し同期している。
その小さい通気の積み重ねで、街は静かに呼吸している。
地下鉄がホームへ入ってくる。
白い風。
その風を受けながら、ふと思う。
人は、多分。
強いから生きているんじゃない。
少しずつ、呼吸を分け合っているから、生きていけるんだと思う。




