第十一話 白い穴
地下鉄の窓へ、自分の顔が映る。
白いLED。
流れる光。
少し疲れた顔だった。
でも、昔ほど閉じていない気がする。
その理由を、まだ上手く説明出来なかった。
地下を歩く。
歩き疲れた牛達。
スーツ。
スマートフォン。
コンビニ袋。
みんな、静かに歩いている。
でも今は、以前ほど無機質には見えない。
誰もが、どこかに小さい穴を持っている気がした。
穿孔。
閉じた壁へ、少しだけ空気を通す穴。
そこから、人は何かを出入りさせている。
感謝。
沈黙。
呼吸。
そういう、目には見えないもの。
店へ入る。
その日、女の子は少し黙っていた。
疲れているのかもしれない。
でも、無理に何かを聞こうとは思わなかった。
ただ、水を飲む。
氷が鳴る。
カラン。
女の子も、水を飲む。
また、少し遅れて。
カラン。
その静かな同期だけで、十分な気がした。
無理に励まさなくてもいい。
答えを出さなくてもいい。
ただ。
同じ空気を吸う。
それだけで、人は少し呼吸を思い出す。
しばらくして、女の子が小さく言う。
「今日、ちょっと疲れてて」
「そうでしょうね」
それだけ返す。
すると、少し笑う。
「でも、少し戻りました」
その言葉が、静かに身体へ入ってくる。
戻りました。
多分、人間は。
前へ進むだけじゃない。
時々、呼吸へ戻る。
自分へ戻る。
草を食べる。
水を飲む。
そうやって、また歩き始める。
店を出る。
銀座の夜風が、少し柔らかい。
地下へ降りる。
白いLED。
乾いた空気。
歩き疲れた牛達。
その群れの中に立ちながら、ふと思う。
人は、多分。
完全に理解されたい訳じゃない。
完全に孤独でいたい訳でもない。
ただ。
少し通じたい。
少し呼吸を混ぜたい。
少しだけ、誰かの空気へ触れたい。
それだけなのかもしれない。
地下鉄がホームへ滑り込む。
白い風。
その風が吹く瞬間、ふと感じる。
地下の世界は、閉じているんじゃなかった。
無数の小さい穴が開いている。
人は、その穴から静かに呼吸し合っている。
そして今日もまた、歩き疲れた牛達は、白い地下をゆっくり流れていく。




