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疲れた牛 ― 地下の牧場 ―  作者: stracchino


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第十話 呼吸する街

東京駅の地下を歩く。

 

白いLED。

土産袋。

人の流れ。

 

でも、以前とは少し違って見える。

 

ただの通路じゃない。

 

ここにも、呼吸が流れている。

 

疲れた牛達が、静かに行き交っている。

 

その途中で、人は少し草を食べる。

 

焼き菓子。

コーヒー。

短い会話。

 

それだけで、また歩き始める。

 

地下の空気は、昔より柔らかく感じた。

 

店へ入る。

 

その日、女の子は少し眠そうだった。

 

「寝てないんですか?」

 

「少しだけ」

 

笑う。

 

でも、その目の奥に疲れが残っている。

 

多分、地下の牛とは違う種類の疲れだった。

 

誰かの空気を吸い続ける疲れ。

 

呼吸を合わせ続ける疲れ。

 

だから、時々水を飲む。

 

氷が鳴る。

 

カラン。

 

その音を聞いていると、ふと思う。

 

人間は、多分。

 

完全に一人で呼吸する事は出来ない。

 

誰かの空気を少し借りている。

 

だから、苦しくなる。

 

でも。

 

だから、時々救われる。

 

女の子が、水を飲む。

 

自分も、水を飲む。

 

また氷が鳴る。

 

カラン。

 

その短い同期が、不思議と心地よい。

 

「ここ来ると、ちょっと楽なんですよね」

 

気付くと、そう言っていた。

 

女の子は少し笑って、

 

「私もです」

 

と言った。

 

それだけだった。

 

でも、その瞬間、何かが少し通った気がした。

 

大きな感動じゃない。

 

人生が変わる訳でもない。

 

でも。

 

小さい空気が、互いの中を少し通る。

 

その感じだけが、静かに残る。

 

店を出る。

 

銀座の街を歩く。

 

ビルの灯り。

タクシーの列。

少し湿った夜風。

 

その全部が、ゆっくり呼吸しているように見える。

 

地下へ降りる。

 

白いLED。

乾いた空気。

歩き疲れた牛達。

 

でも、今は思う。

 

この街は、多分。

 

巨大な牧場なんだ。

 

人が草を食べ。

水を飲み。

感謝を交換し。

 

少しずつ発酵している場所。

 

誰も、完全には孤独じゃない。

 

完全に分かり合えなくても。

 

少し呼吸が通う。

 

それだけで、人はまた歩ける。

 

地下鉄がホームへ入ってくる。

 

白い風。

 

その風を受けながら、静かに目を閉じる。

 

呼吸が、少し戻っていた。


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