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第11話  見知らぬ依頼人

エイダの元に来た依頼人は、おかしな地図を持っていた。

さらに、最後の伝言は?


お楽しみいただけましたら、幸いです。

 男が来た瞬間、なんか来たな、と思った。


 四十代くらいの、旅慣れた印象の男だ。

 荷物が少なく、外套の擦り切れ方が長旅のそれだ。

 でも身なりは清潔で、言葉遣いが丁寧だった。

 怪しいとまでは言えない。

 言えないけど——なんか引っかかる。


「記録師殿はあなたですか」


「そうです」


「ターヴォと申します。

 少し仕事をお願いしたくて」


 取り出したのは、古びた羊皮紙だった。

 広げると、大陸北部の地図だとわかった。

 川の流れ、山の稜線、いくつかの地名——丁寧に書かれているが、相当な年代ものらしく、端が欠けていた。


「この地図の記録を、正式に写してほしいんです。

 原本が傷む前に、保存用の写しを」


 地図を手に取った。


 触れた瞬間、強い歪みを感じた。


 改竄じゃない。

 でも何かがずれている。

 川の流れ、山の位置、地名——一点一点を確かめていった。

 地名の一つに触れたとき、歪みが一気に強くなった。


 この場所、存在しない。


「少し確認させてください。

 この地名——《ヴォルテ》というのは、どこにある場所ですか」


 ターヴォは少し間を置いた。


「北部の山間です。今はもう、地図には載っていない小さな集落で」


「私が触れると、この場所の記録に歪みを感じます。

 改竄ではない——でも、実在しない場所の感触がします」


 男はしばらくこちらを見た。それから、静かに言った。


「さすがですね。

 文字の歪みを読める記録師だと聞いていましたが」


 手が止まった。


「誰から聞いたんですか」


「それは後で。

 まず、地図の話をさせてください」


 後で、って言い方が少し気になったが、話を聞くことにした。


 ターヴォが語った内容は、こういうことだった。


 百年ほど前、大陸北部のある地域で、小さな共同体が迫害を受けていた。

 信仰の違いや習慣の違いからくる差別で、外部から隔絶されて生きていた。


「外の人間に場所を知られると、来られる。


 来られると、また追われる」ターヴォは言った。

「だから先祖たちは、地図を偽装した。

 自分たちの村の場所を、実際とは違う場所に記した地図を作って、外に流した」


「本物の地図は別にあると?」


「そうです。

 この地図は偽物——でも先祖たちが自分たちを守るために作った偽物です。

 私はその共同体の末裔で、先祖の知恵を正式な記録として残したかった」


 もう一度、地図を見た。


 歪みの意味が、変わった。

 「嘘」ではなく「守るための偽装」——その意図が、百年後の今も文字に残っていた。

 これは悪意じゃない。必死に生き延びようとした人たちの、知恵だ。


「写しを作ります」そう告げた。


「ただ、写しには注記を入れます。

 この地図が意図的に偽装されたものであること、その理由を」


「それで構いません。むしろ——そうしてほしかった」

 ターヴォは少し微笑んだ。

 「先祖が嘘をついたのではなく、守るために偽装したのだということを、ちゃんと記録に残したかった」

 

  ※※


 写しが完成したのは、夕方だった。


 ターヴォは受け取り、代金を置いて立ち上がった。

 扉に向かいかけて、振り返った。


「一つ、余計なことをお伝えしてもいいですか」


「どうぞ」


「大陸のどこかで、エイダという名前の記録師を探している人間がいます。

 私ではありません。

 ただ——名前が、出回っているようです」


 顔色を変えないよう気をつけながら聞いた。

 気取られない様と…

 表情管理は、組織にいた頃に鍛えられた技術だ。


「誰が探しているか、わかりますか」


「詳しくは知りません。ただ、商業組織がらみの話として聞きました」

 ターヴォは静かに言った。

「気をつけた方がいい。

 この町は静かでいい町ですから」


「それだけ言いにきたんですか。最初から?」


「地図の依頼は本物です」ターヴォは少し笑った。「ただ—…ついでに、お伝えできればと思って」


「誰から聞いたか、教えてもらえますか。

 私の名前を誰から?」


 ターヴォはしばらく黙った。


「ヴェルタに来れば会えると言った人物がいました。

 その人物があなたのことを——腕のいい、信頼できる記録師だと言っていた」


「その人の名前は?」


「それは……お伝えできません。

 私もあまりよく知らない人物で——ただ、あなたに伝えてほしいと頼まれただけです」


「そうですか」


 ターヴォは扉を開けた。


「良い仕事をありがとうございました」


 扉が閉まった。


 しばらく、閉まった扉を見つめていた。


 名前が出回っている。商業組織がらみ。

 ——それが何を意味するか、嫌というほどわかる。


 組織が、動いている。


 その夜、図書館に向かった。


 オーリンに話すと、老司書はいつもより少し真剣な目でこちらを見た。


「そうかい」


「そうかい、じゃなくて」思わず言った。「組織が私を探しているかもしれない」


「そうかもしれない。でも…三年間、何も起きなかった」


「それは——」


「ここは静かな町だよ」オーリンは静かに言った。「今夜はゆっくり休みなさい」


 老司書の顔を見た。

 何かを知っている目だ。

 でも今夜はそれ以上聞けなかった。

 聞けなかった、というより——聞いていい雰囲気じゃなかった。


 仕事部屋に戻りながら、ターヴォの言葉を何度も反芻した。


 ≪ヴェルタに来れば会えると言った人物。腕のいい、信頼できる記録師だと言っていた。≫


 師匠か、あるいは師匠を知る誰かか。


 ヴェルタの夜は、いつもより少し長く感じた。


第11話終了。12話に続く。


さて、いかがでしょうか。

次も読みたい!!と思っていただけましたら、嬉しい限りです。


感想や、評価、いただけたら嬉しいです。

フォローもよろしくお願いいたします。


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