第99話 空の欠け
ある夜、工房の屋根に上がった。
高いところから空を見たかった。梯子があって、屋根の端に腰を下ろせる場所があった。昔も何度か来た場所だ。
記録帳と筆記具を持った。
空を見た。
星がある。たくさんある。
でも、知っている。この中に、ない場所がある。南西の欠け。ここ数年で消えたいくつか。もっと前から消えていたもの。失星図に記録した、全部。
目には見えない欠けがある。記録の中にある。
でも、空はまだ明るかった。
消えた分だけ、というわけではない。ある星の輝きが前より大きく見えた。あるいは、俺の目が慣れてきたのかもしれない。
消えた星があることは変わらない。でも、残っている星がある。記録しなければ、消えた星は消えたことになって、残っている星もそのうち忘れられる。記録があれば、消えた星も残っている星も、どちらも残る。
記録帳に今夜の空を書いた。
星の位置。明るさ。基準星との比較。消えた星の座標には「消失確認済み」と書いた。残っている星には今夜の測定値を書いた。
書きながら思った。
これが星図師の仕事だ。消えたものも残っているものも、記録する。どちらも書く。どちらも大切だ。
ロットが屋根の下から「上にいるの?」と声をかけてきた。
「いる」
「俺も上がっていい?」
「どうぞ」
ロットが梯子を上がってきた。
「何してるの」
「記録帳を書いていました」
「ここでも書くの」
「どこでも書きます」
ロットが隣に座った。しばらく二人で空を見た。
「今夜の空、すごくない?」
「すごいですね」
「前は空をそんなに見なかった。でも旅打ちをして、各地の空を見て、比べるようになった」
「違いますか、場所によって」
「違う。海の近くは海の匂いがする。山の近くは空気が薄い。それで星の見え方が変わる。面白い」
「それも記録できます」
「してる! 旅日誌に書いてある。土産の記録より増えてきた」
「ロットは工房ができたら、どんな記録を書きますか」
「来た人の話を書きたい。旅打ちが来て、どこから来てどこへ行くか。各地の空の話をしたら書く。ロットの工房に来た人の記録、みたいな」
「それは珍しい記録ですね」
「人の記録は誰も書かないでしょ。星の記録はみんな書く。でも、その星を見た人間の記録は残りにくい。俺が書いておく」
俺は少し考えた。
ロットが書く記録は、俺が書いてきた記録とは違う。でも、どちらも記録だ。星の測定値を書くことも、星を見た人間のことを書くことも、残すことに変わりはない。
記録には形がひとつではない。
記録帳に書いた。
今夜、屋根の上からロットと空を見た。
空には欠けがある。でも残っている星がある。欠けも残りも、どちらも書く。それが記録だ。
補足に書いた。
「ロットは人の記録を書くと言った。俺は思いつかなかった。次の者が思いついたことを、次の者が記録する。そうやって積み上がっていく」




