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星図師は空の欠けを知っている  作者: ごま
第三部:星の記録者

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100/101

第100話 継承

 朝、記録帳の最後のページを書いた。

 一冊が終わった。旅から帰ってきてから使っていたものだ。厚みのある記録帳で、書き終えるのに一年近くかかった。


 最後のページに書いたのは、今夜の観測値ではなかった。

 少し違うことを書きたかった。

 「この記録帳を手に取ったのがいつか、最後のページを書くのは今だ。この間に何があったかは、この記録帳全体に書いてある。

 星図師は空の欠けを知っている。星が消えたことを、俺は記録する。消えた場所に何があったかを書く。残っている星の測定値を書く。それだけをしてきた。

 カイがそうした。俺もそうした。次の者もそうする。

 以上。レン」


 記録帳を閉じた。

 新しい一冊を机の引き出しから出した。表紙が真っ白だった。

 日付を書いた。場所を書いた。

 それだけ書いて、ひとまず閉じた。


 工房にベルが来た。

「師匠、今日の観測計画ですが——」

 ベルが段取りを話し始めた。今日観測する座標。確認したい星の一覧。記録ネットワークの担当者から届いた記録の確認作業。

 俺は聞きながら、少し嬉しかった。

 ベルが仕切っている。工房の記録の流れをベルが管理している。俺が指示しなくてもいい部分が増えた。


「ベル、一つ頼みたいことがあります」

「何ですか」

「今日の観測は、ベルが主で記録してください。俺は補助に回ります」

 ベルが少し驚いた顔をした。

「主が俺、ですか」

「そうです。俺が補助に回ることを試してみたい」

「できるかどうか——やってみます」


 その夜の観測は、ベルが主で行った。

 ベルが観測して記録した。俺が時々確認した。でも、記録帳に書くのはベルだった。

 観測が終わって、ベルが記録帳を見せた。丁寧だった。補足も入っていた。見落としている点がないか確認したが、なかった。

「よくできています」

「緊張しました」

「緊張は慣れます」

「師匠は緊張しますか」

「します。毎晩、空を見るたびに、少し緊張します。今夜は何があるか分からない。でも、それが記録する理由でもある」


 ロットが出発前の夜に来た。

 翌日、エスタとネベルの間の街に向かうことになっていた。

「最後の夕飯、ここで食えますか」

「もちろんです。テオさんに声をかけます」

 テオが来た。ダンが来た。ソーラが来た。ガルトも珍しく食卓に座った。


 賑やかな夕食だった。

 ロットが笑いながら話した。旅の話。これからの工房の話。コンラートじいさんが「若者が来るなら掃除しておく」と言っていた話。

 ダンが「遠いけどいつか行く」と言った。ロットが「来い! 泊まれる部屋を作っておく!」と言った。

 テオが「達者でな」と一言だけ言った。


 翌朝、ロットが出発した。

 荷物を担いで、工房の前に立った。

「また来ます」

「待っています」

「ベルは記録をちゃんと続けてな!」

「続けます!」

「師匠は健康でいてください。記録する者が倒れたら記録が止まる」

「父さんと同じことを言いますね」

「ガルト師匠が正しいから!」


 ロットが振り返りながら歩いて行った。角のところで振り返って、大きく手を振った。

 全員が手を振った。

 ロットが笑って、角を曲がって、見えなくなった。


 工房に戻った。

 新しい記録帳を机の上に置いた。まだ一行しか書いていない。

 今夜の観測が終わったら、続きを書く。明日もその次も書く。

 空には欠けがある。俺はそれを知っている。そして書き続ける。

 消えたものも残っているものも、今夜の空も、次の者のために。


 「今日も記録する。それだけだ」


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