第92話 ガルトとの話
父が「少し話せるか」と言ってきた。
夜、工房の仕事が終わった後だった。珍しかった。ガルトが話したいと言ってくることは、あまりない。
「もちろんです」
港の近くを二人で歩いた。
昔もこうして歩いたことがある。俺が観測を始めた頃。父がたまに夜の観測に付き合ってくれた。あの頃は何も話さなかった。ただ歩いて、空を見て、戻った。
「お前が旅に出て、何年になる」
「四年近くです。長い旅でした」
「その間、工房に来るお前のことを待っていた」
「心配をかけました」
「心配した。でも——お前が戻る場所として工房があれば、それでいいとも思っていた」
父が少し間を置いた。
「俺はお前に、あまりうまく接せなかった。子どもの頃から。どう接すればいいか分からなかった」
「父さんは、俺に技術を全部教えてくれました」
「技術だけだ」
「それで十分です」
「十分ではなかった」
父が港の方を見た。
「俺が若い頃に黙ったことは、お前に伝えたかった。それは伝えた。でも——もう一つある」
「何ですか」
「お前が生まれたとき、俺はこんな世の中で子どもを育てることが怖かった。星がおかしい。何かが変わっていく。その中でお前が生きていかなければならない。俺はそれが怖くて、お前から距離を取っていた」
「距離を?」
「近づけば、怖さが増す。だから近づかないようにしていた。子どもの頃のお前に、俺が冷たかったとしたら、それが理由だ」
俺は少し考えた。
父が冷たかった、という記憶はない。でも、遠かった、という記憶はある。同じ工房にいるのに、遠かった。
「遠い人だとは思っていました」
「そうだったな」
「でも、俺は父さんの観測が好きでした。見ている方向が同じだった」
父が少し止まった。
「……そうか」
「向いている方向が同じだから、遠いとは感じなかった。そういう関係もある」
「お前が旅から帰ってきて、俺は自分が間違っていたと思った」
「何が」
「距離を取ることで守れると思っていた。でも守られるものは何もなかった。お前は俺と関係なく、動いた」
「父さんに動いてもらいたかったわけではないです。ただ、知ってほしかった」
「知っているつもりだった。でも知っていなかった」
父が俺を見た。
「お前は俺より強い」
「強くはない」
「強い。俺ができなかったことをした。怖くても黙らなかった。それは強さだ」
「黙る方が怖かっただけです」
「その感覚は、俺にはなかった。黙ることの方が楽だった。お前がそうでなかったことを、俺は誇りに思っている」
誇りに思っている。
父がそういう言葉を言うのは初めてだった。
俺は何も言えなかった。しばらく港を見た。父も見ていた。
「ありがとうございます」とだけ言った。
父が「礼はいい」と言った。それだけだった。




