第91話 レンの記録
ある夜、記録帳を全部取り出して並べた。
旅に出る前のもの、旅の途中のもの、帰ってからのもの。十冊近くになっていた。
ベルが「全部読み返すんですか」と聞いた。
「少し見ていました。前に何を書いていたか」
最初の記録帳を開いた。
字が下手だった。内容も断片的だった。「今夜の星の数」「明るさ、少し変」「誤差かもしれない」。
今の俺が読むと、何が言いたかったか分かる。でも当時は自分でも分かっていなかった。
「俺の最初の記録帳です」とベルに見せた。
「字が……」
「下手でしたね」
「でも毎日書いてある」
「毎日書いていました。何かが変だと思っていたが、確信がなかった。でも書かないと確信を持てない気がした」
旅の途中の記録帳を開いた。
ランドの老人の証言。ヨシュアの話。ヨランの百年分の記録。ネベルで見た封印資料。ヴェラが初めて現れた夜。クロウが院から来た夜。
記録帳の中に、会った人たちがいた。
「俺はずっと記録を書いてきましたが、記録を書くことが何のためか、旅の最初は分かっていなかった」とベルに言った。
「今は分かりますか」
「少し分かります。記録は、次の者のためです。カイが書いた。ミラ老師が持っていた。俺が受け取った。今度は俺が書いたものを、誰かが受け取る」
「ベルが受け取りますか」
「ベルが受け取るかもしれないし、違う誰かかもしれない。でも、書いておけば誰かが受け取れる。書かなければ誰も受け取れない」
「師匠」とベルが言った。
「師匠ではないです。まだ修行中のつもりです」
「そうかもしれないですが、俺にとっては師匠です」
「……そうですか」
「師匠は記録することを俺に見せてくれました。記録帳を毎日書く、ということの意味を。俺も続けようと思います」
ロットが奥から顔を出した。
「何してるの、こんな夜中に」
「記録帳を見ていました」
「懐かしいもの出してんの」
「少し振り返っていました」
「俺も?」
「ロットも記録していますか」
「してる! 旅打ちで回った場所と、どんな星図師がいたか。土産を何を買ったかも書いてある」
「それも大事な記録です」
「ほんとに?」
「本当です。誰がどこにいたか、という記録は、次に誰かが地域を回るときに役立ちます」
記録帳に書いた。
今夜、自分の記録帳を読み返した。最初から今まで。
変わった。書く内容も、字も、見えているものも。でも毎日書いてきた、ということは変わっていない。
補足に書いた。
「記録することは習慣だと思っていた。でも今夜読み返して、習慣より先に「書かなければ」という感覚があったのだと分かった。それが習慣になった」




