第90話 記憶の混乱
一週間後、南西方面の街から報告が来た。
院が通知を出した地域の星図師から。
「通知を受けて観測を続けていた。星の消失の翌々日から、街の一部で高齢者を中心に記憶の混乱が起きている。二、三年前の出来事が思い出せない、と言う者が複数出た。家族への影響はない。本人は戸惑っているが、日常生活はできている」
予測通りだった。
でも、予測通りだということが、少し重かった。
報告してくれた星図師への返信を書いた。
「情報をありがとうございます。失星図に記録されている内容と一致しています。今後も継続して記録をお願いします。混乱している方々には、「一時的な現象であり、命に関わるものではない」という説明が根拠として提供できます。必要であれば、院の公式文書を送ります」
クロウに転送した。院から正式な説明文書を出してほしい、という依頼と一緒に。
クロウから返信が来た。
「分かった。院の医療部門と連携して、説明文書を作成する。失星図の内容を根拠とした公式文書になる。前例がないが、失星図が院の参照資料になっているので可能だ」
ロットが「実際に起きたね」と言った。
「そうです。ヴェラさんが言っていた通り」
「先に分かっていたから、準備ができた」
「そうです。報告を受けてから院が動くより、通知を先に出していたから、記録が始まっていた」
「記録があるって、そういうことなんだね」
「そうです。起きた後に「何かあった」と気づくより、起きる前に準備できる。そのために記録がある」
ガルトが「混乱している老人たちはどうなる」と聞いた。
「院の説明が届けば、家族も本人も「なぜこうなったか」が分かる。分からないより分かる方が、対処できます」
「消えた記憶は戻るか」
「戻るかどうかは分かりません。でも、混乱の原因が分かれば、少なくとも「自分がおかしくなった」という恐怖は和らぐ」
「……そうか」
父が少し考えていた。
「俺の記憶が混乱したことはない。でも、誰かの記憶が消えることが今まで起きていた、ということが今は分かる。それを誰も教えてもらえなかった。それは……怖い話だ」
「そうです」
ヴェラから手紙が来た。
「南西の星が消えたと聞いた。院から各地への通知が出たと聞いた。記憶混乱の報告も聞いた。これがシェードが恐れていたことだった。公表すれば混乱が起きる、と。でも、通知があれば対処できる。通知がない方が、混乱が大きくなる。シェードはそれを理解できなかった」
「シェードは院の調査でこの話もするでしょうか」と俺は返信に書いた。
ヴェラから「するだろう。シェードは始めた以上は全部話すと思う。そういう人間だ」と返ってきた。
記録帳に書いた。
南西の星の消失後、予測通り記憶混乱が起きた。記録があったから、準備が間に合った。院が公式文書を出す。影響を受けた人々に説明が届く。
補足に書いた。
「起きることを記録することは、起きたときに誰かを助けることができる。カイがそのために書いた。百年後、その記録が実際に誰かを助けた」




