第89話 南西の星
夜中に目が覚めた。
理由は分からなかった。ただ、窓の外を見なければいけない気がした。
記録帳を持って外に出た。
空を見た。
南西の方角を見た。
星がなかった。
俺はそのまましばらく、空を見続けた。
あった。昨日まで確実にあった。少し暗くなっていたが、あった。
今夜、消えた。
記録帳に書いた。
今夜、南西の基準座標において、長期観測していた星の消失を確認した。最終観測から消失確認までの時間:不明(夜中に目が覚めて確認した)。周辺の他の星への影響:現時点では確認できず。
日時。場所。座標。消える前の最後の測定値との比較。
書きながら、手が少し震えていた。予測していた。でも、実際に消えると、違う。
ガルトが出てきた。俺が外にいるのに気づいて来たらしい。
「どうした」
「消えました」
父が空を見た。南西の方角を。
「……そうか」
「見えていましたか、父さんは」
「ここ何日か、観測していた。昨夜も見た。暗くなっていた」
「今夜消えた」
「そうだな」
二人で少しの間、空を見た。
消えた場所には、何もない。他の星はある。でも、その一点だけが欠けている。
これが俺が「欠け」と呼んできたものだ。星の数が減っていく。星図の中に空白が増えていく。
「記録帳に書くことは全部書いたか」と父が聞いた。
「はい。あとは周辺の観測を続けます。ヴェラさんが言った通り、消失の前後で周辺の記憶に影響が出る可能性がある」
「どの範囲だ」
「この星の場合、南西方面の二つの街が影響圏に入るかもしれない。院に報告して、その地域の星図師に観測を依頼します」
「それはすぐできるか」
「明朝、手紙を書きます」
朝、クロウに手紙を書いた。
「南西の星が消えた。院の記録に残してください。影響圏の二地域への通知を依頼します。記憶混乱の事例が出た場合、失星図の記録と照合してください」
ロットが朝起きてきて、俺の顔を見た。
「どうしたの。眠れなかった?」
「夜中に南西の星が消えました」
ロットが空を見た。それから俺を見た。
「……悲しい?」
「悲しいかどうか、よく分かりません。でも、書いておかなければいけない、という気持ちはある」
「じゃあ書こう。俺も手伝う。何か書けることある?」
「各地の工房への通知文を書くのを手伝ってください。消えた星の情報と、記憶混乱の可能性を伝える文章が必要です」
「分かった。やる」
記録帳に書いた。
南西の星が消えた。観測を始めてから何年も後に、確認した消失。
これで終わりではない。失星図に記録された他の星も、やがて同じ経過を辿る。記録を続けることが今もやることだ。
補足に書いた。
「消えた星の場所を知っている。記録がある。次の者が見たとき、「ここには星があった」と分かる。それだけで十分だと思う」




