第85話 忘却師の分裂
ネベルに一泊して、翌朝ヴェラから話を聞いた。
「シェードの組織が動揺している」
「シェードが何か言ったんですか」
「昨夜、組織の末端数人に「しばらく動くな」と伝えたらしい。それが広まって、上の人間が何かあったと察した」
「「しばらく動くな」は停止命令ですか」
「そうとも取れる。でも、シェードからの明確な停止命令は出ていない。だから上の人間たちが混乱している」
クロウが「これは院にとっていい流れだ」と言った。
「なぜですか」
「組織が混乱している間は、記録への介入が止まる。介入が止まれば、失星図の公示が安全に進む。院の発表の前に、組織の動きが止まる必要があった」
「タイミングが合った」
「シェードが昨夜の話し合いで何かを考えた。その結果の「動くな」だと思う」
ヴェラが「一つ報告する」と言った。
「組織の中で、院の調査に協力すると決めた者が出た。末端の二人だ。シェードに内緒で、院の人間に連絡を取った」
「シェードに内緒で」
「シェードの指示を待てない者たちだ。自分たちがしてきたことに、俺と同じように限界を感じていた者たちがいた」
「ヴェラさんが話したんですか」
「話した。ネベルに来てから少しずつ接触していた。院の調査に自分から話す方が、後で発覚するより処分が軽い可能性がある。俺が言ったわけではないが、そういう判断をした者が二人いた」
「その二人は安全ですか」
「今は動いている。院の人間に会う手配ができているか確認している」
クロウが「院の調査窓口を教える」と言って、手帳に何か書いてヴェラに渡した。
「この人間に連絡を取れば、調査担当と繋がる。調査は処罰ではなく記録が目的だ、ということを伝えてくれ」
「分かった」
帰路につく前に、ネベルの旧市街を少し歩いた。
旅の途中でも来た場所だ。封印資料があった図書室。ヴェラに会った裏路地。あの頃から少し時間が経った。
ロットが「ここって前来たとこだ!」と言うのが浮かんだ。ロットはいないが。
ヴェラが「お前は面白い人間だ」と言った。
「面白い?」
「子どもなのに、子どもらしくない。でも時々、子どもらしいことを言う」
「どういうときですか」
「シェードに「怖いです」と言ったとき。ああいう言い方は子どもだ。でも意味は大人の言葉だった」
「そうですか」
「いや、悪い意味じゃない。そのまま大人になるな、という意味だ」
記録帳に書いた。
ネベルでシェードと会った。シェードの論理を聞いた。俺も話した。組織が動揺し始めた。末端の二人が院の調査に協力する。
これで全部終わるわけではない。でも、変化が始まっている。
補足に書いた。
「シェードが「しばらく動くな」と言った。それはシェードが考えているということだ。考えることができる人間は、変わる可能性がある」




