第83話 シェードの論理
「なぜ今まで続けたんですか」
俺はシェードに聞いた。
食堂はまだ静かだった。クロウが手帳を出して何かを書いていた。ヴェラは黙って座っていた。
「惰性だ」とシェードが言った。
「惰性?」
「始めた理由はあった。院を守る。星図師全体への信頼を守る。でも続けるうちに、続けること自体が目的になった。組織を維持すること。記録を消し続けること。なぜするか、ではなく、どうするか、になった」
「止める理由を探さなくなった」
「そうだ。止めれば、今まで消してきたことが表に出る。出れば、俺が終わる。続けることで、今まで消してきたことが正当化されると思っていた」
「でも止められなくなった」
「止められなくなった。ではなく、止めることを考えなくなった。それが正確だ」
「どこかで気づいていましたか」
「気づいていた。カイの記録を消したとき、すでに気づいていた。正しいものを消している、と。でも止めなかった」
「なぜ止めなかったのか」
「止めれば負けだと思った。組織を立ち上げた者が、途中で止めることができなかった」
クロウが口を開いた。
「組織の記録を、院が調査する予定です。シェードさんが協力してくださるなら、調査の内容が変わる可能性がある」
「何が変わる」
「調査の目的が「過去の処罰」ではなく「事実の記録」になります。あなたが自分で話せば、あなたの言葉で記録に残る。話さなければ、外側からの推測で記録される」
シェードが少し考えた。
「……俺の言葉で残る、か」
「そうです」
シェードが俺を見た。
「お前はなぜ記録するのか」
俺は少し考えてから答えた。
「次の者が分かるためです。カイが書いた言葉です。「次に来る者が分かるように」と書いてありました。俺もそう思って記録しています」
「次の者が俺のことを記録で読むか」
「読むと思います」
「どう書かれる」
「俺が書くとしたら——院を守るために記録を消した。百年続けた。でも、カイの記録が正しいと知っていた。最後に話した、と書きます」
シェードが長い間、窓の外を見ていた。
夜のネベルの街が見えた。雨が降り始めていた。
「お前は今いくつだ」
「十七です」
「……カイに会ったとき、カイは四十だった。俺は三十だった。カイより若かった。カイが正しいと思った。でも、俺は組織を選んだ」
「それが百年前だったとしたら、シェードさんは今百三十歳ですか」
ヴェラが少し笑った。シェードも小さく笑った。初めてだった。
「忘却師は長生きする傾向がある。記録を消す技術の副作用かもしれない。俺は八十七だ」




