第82話 シェードとの対面
ネベルに着いたのは夕方だった。
ヴェラが待っていた。クロウと俺が到着すると、「場所を決めてある」と言った。
「どこですか」
「旧市街の中の小さな宿。シェードが指定した。人が少ない場所だ」
「シェードが来ると分かっているんですか」
「来る。さっき確認した」
宿に着いた。
小さな食堂のような場所だった。端に男が一人座っていた。
老人だった。七十を超えているかもしれない。でも背筋が真っ直ぐだった。手が机の上で静かに重なっていた。
その人物がこちらを見た。
「レン、か」
「そうです」
「若い」
「よく言われます」
「カイの記録を読んだそうだな」
「読みました」
シェードが俺をしばらく見た。値踏みするわけではなく、ただ見ていた。
「座れ」
三人で向かいに座った。
クロウが「王立星図院の者です」と言った。シェードがクロウを見た。
「院が来たか」
「来ました。院として、この話し合いに同席します」
「院は失星図を受理したそうだな」
「参照資料として。これから外部公示の準備が始まります」
シェードが少し目を細めた。でも何も言わなかった。
「シェードさんに聞きたいことがある」と俺は言った。
「何だ」
「カイの記録に、シェードさんの名前がありました。百年前、カイのところに来て、記録を見せろと言った。カイが断ると、一部が消えた」
「そうだ」
「なぜ消した」
シェードがしばらく黙った。
「院を守るためだ。カイの記録が正しければ、院は星種実験の失敗を認めなければならない。それは院の権威を損なう。院が動揺すれば、星図師全体への信頼が揺らぐ。それを防ぐために消した」
「院の権威より、記録の方が重要ではないですか」
「重要ではないと判断した。百年前は」
「今は?」
シェードがまた黙った。今度は長かった。
「……今は、分からない」
「なぜ分からなくなりましたか」
「記録が残っていた。カイの記録をミラが持っていた。俺が消したと思っていたものが残っていた。それを、お前が読んで使った」
「消しきれなかった」
「消しきれなかった。百年かけて」
「シェードさん、一つだけ聞いていいですか」
「何だ」
「カイに会ったとき、カイのことをどう思いましたか」
その質問に、シェードが少し動いた。初めてだった。表情が微かに変わった。
「……正しいと思った」
「消す前から」
「消す前から。カイは正しかった。だから消した」
その言葉が食堂の中に残った。
ヴェラが静かに言った。「正しいから消した。それが百年続いた」
シェードが「そうだ」と言った。後悔なのか、確認なのか、俺には分からない声だった。




