第76話 ヴェラの告発
ヴェラがファーレンに来た。
突然だった。朝、工房の前にいた。荷物は少ない。顔色は悪くなかった。
「入っていいか」
「どうぞ」
ヴェラがテーブルの上に紙の束を置いた。
「組織の記録だ」
「組織の?」
「末端にいた頃に手元に残していた記録。どこで何をしたか。誰に指示されたか。いつ動いたか。当時は証拠として手元に置いていた。万が一のためだ」
俺はその紙を手に取った。名前、日付、場所、内容。几帳面に書かれていた。
「これを——」
「失星図に付けてくれ。組織が存在した証拠として。カイの記録が消えたという話も、この中に照合できる記録がある」
「告発になります」
「分かっている。でも、隠しておく理由がなくなった」
「ヴェラさん自身のことも含まれますか」
「含まれる。俺がしたことも全部書いてある。俺が関わった件は三つ。どれも記録の消去だった。人への記憶操作は俺はやっていない。でも、知っていて黙った件はある」
ヴェラが少し黙った。
「全部書いてある。加工していない」
「これをクロウさんに渡していいですか」
「院に渡してくれ。それが目的だ」
「院で俺が責任を問われる可能性を理解した上で?」
「理解した上でだ。俺への処分は院が決めていい。それより、記録が残ることの方が重要だ」
ガルトが奥から出てきて、ヴェラを見た。
「また来たか」
「また来た」
「……座るか」
「いい」
ガルトが「お茶を出す」と言って奥に行った。
ヴェラが少し驚いた顔をした。俺も少し驚いた。ガルトがお茶を出すのは珍しい。
ガルトが戻ってきた。テーブルに置いた。
「ネベルで仕事をしていたか」
「昔は。今は動いている」
「ネベルに知り合いがいる。エスタ街道で世話になった星図師だ。元気か」
「名前は?」
「コンラートという」
ヴェラが「元気だ。今年腰を悪くしたが、観測は続けている」と言った。
「そうか」
それだけだった。でも、ガルトとヴェラの間の空気が少し変わった。
ヴェラが出発する前に、俺に言った。
「シェードに会えるかもしれない機会がある。ネベルで接触を試みる」
「危険ですか」
「危険だ。でも、直接話した方が早いことがある。シェードは論理的な人間だ。論理で話せれば、論理で返す」
「会って、何を言いますか」
「「終わりにしろ」と言う」
ヴェラが出た後、ベルが「ヴェラさんは怖い人だと思っていたが、違うのかもしれない」と言った。
「違うとは」
「普通の人だと思った。今日の話を聞いて」
「そうです。ヴェラさんは、間違った組織に入って、間違いに気づいて、出た人です。それ以上でも以下でもない」
「でも一人で組織と戦っている」
「一人ではなくなりました。俺たちがいます」
記録帳に書いた。
ヴェラが組織の内部記録を持ってきた。クロウに送る。院の公式記録と合わせれば、忘却師組織が実在した証拠になる。
ヴェラが自分自身のことも全部書いた、と言った。隠さないということが、証言の重さを増す。
補足に書いた。
「正直に書くことは、自分に不利なことを書くことでもある。それができる人間の言葉は信じられる」




