第70話 再出発
記録の統合が終わった三日後、イネさんから知らせが来た。
ミラ老師が、明け方に眠ったまま逝った。
苦しまなかったとイネさんが言った。
葬儀は小さなものだった。
ファーレンの星図師たちが集まった。コルダ老人も来た。俺のことを知っていた人たちが来た。
老師の棺の前で、コルダ老人が「長い間、よく働いた」と言った。それだけだった。余分な言葉はなかった。
俺はミラ老師に何を言えばいいか分からなかった。
結局、記録帳を持っていった。
棺の前に立って、記録帳を少し開いて見せた。言葉は言わなかった。でも、老師が渡してくれたものを、こうして使っている、ということだけ示したかった。
葬儀の後、クロウが「明日、院に戻る」と言った。
「分かりました」
「失星図を持っていく。院の同僚に話す。時間がかかるかもしれないが、動かす」
「ありがとうございます」
「礼はまだ早い。動かせるかどうか分からない」
「それでも、ありがとうございます」
クロウが少し間を置いた。
「——俺もカイの記録を読んだ。百年前に誰かが来て記録を奪おうとした、と書いてあった。今も同じことをしているなら、院内に問題がある。これは俺自身の問題でもある」
ヴェラが「私はネベルに戻る」と言った。
「ネベルに?」
「シェードの組織の残りが、まだいくつか動いている。院だけでは全部止められない。俺がネベル側から崩す」
「危なくないですか」
「危ない。でも、俺がいないと止まらない部分がある」
ロットが「一人で大丈夫?」と聞いた。
「一人ではない。ネベルに協力者がいる。シェードを信頼していなかった者たちが」
ヴェラが出発の前に俺に言った。
「カイの記録帳に、シェードの名前があったと聞いた」
「あった。百年前に来て、記録を奪おうとした」
「シェードは長生きする。俺がいた頃も、もう老いていた。でも止まらなかった。何のために動いているのか、今もはっきりとは分からない」
「分かりますか。会えば」
「分からないかもしれない。でも止める必要がある。理解より先に止めることが必要な場合がある」
ロットが「俺はどうしよう」と言った。
「どうしたいですか」
「ここにいてもいいの?」
「邪魔ではないです」
「ちゃんと仕事ある?」
「あります。これから失星図を各地に伝えていく必要がある。各地の星図師に声をかける仕事がある。ロットは旅打ちだから、各地に繋がりがある。それを使えますか」
「使える! 使えます! やります!」
記録帳に書いた。
ミラ老師が逝った。クロウが院へ。ヴェラがネベルへ。ロットはここに残った。
これからが始まりだ。失星図が完成した。これを世界に出す仕事が残っている。
南西の星を観た。今夜もある。でも昨日より確実に暗い。
補足に書いた。
「老師から受け取ったものを、俺は動かす。それだけだ。カイが次の者のために書いたように、俺も次の者のために続ける」




