第68話 カイの記録
工房に戻って、箱を机の上に置いた。
ロットが「なんですか、それ」と覗き込んだ。
「ミラ老師からもらいました。百年前の星図師の記録です」
「百年前! 古い!」
「大事なものです。少し一人で読ませてもらえますか」
「もちろん! 俺、外にいます!」
ロットが出て行った。ガルトも「邪魔しない」と言って奥に引っ込んだ。
箱を開けた。
中には記録帳が三冊あった。古い、黄ばんだ紙。でも文字は読める。丁寧な筆跡だった。
老師に「最後のページを先に読め」と言われていた。
三冊目の最後のページを開いた。
そこには、短い文が書いてあった。
「星は消える。消えることは、始まりから決まっていた。人が作ったものは、人が望む時間ではなく、物の持つ時間で終わる。それを悲しむ必要はない。ただ、記録せよ。消えたことを記録せよ。消えた場所を記録せよ。次に来る者が分かるように。
これだけ書いておけば、俺の仕事は終わりだ。カイ」
しばらく、そのページを持ったままでいた。
カイは、百年前に、これを書いた。
次に来る者が分かるように。
俺のことを知らなかった。でも書いた。
最初の記録帳を読み始めた。
カイが観測を始めた頃の話から始まっていた。院での仕事、ネベルでの観測、最初に「おかしい」と感じた夜のこと。
百年前の文体は少し違うが、書いてあることは分かった。
星の数が減っている。明るさの変化が正常の範囲を超えている。周期性がある。でも誰も信じない。
二冊目に入った。
カイが「星種実験」の記録に触れていた。
「院が人工の星を作ろうとしていた。失敗した星が多かった。失敗した星の消え方が変だ。消える過程で、周辺の記憶に影響が出る可能性がある。老人たちの証言。二十年前と十年前のことが分からなくなっている。これは偶然ではない」
カイはそこまで気づいていた。
三冊目。カイの晩年の記録。
文字が少し揺れていた。年を取ってきたのが分かった。でも内容は変わらなかった。毎晩、星を観て、記録していた。
最後から二番目のページに、こう書いてあった。
「シェードという者が来た。記録を見せろと言った。院の者だと名乗ったが、腕に印がなかった。断った。翌日、記録帳の一部がなくなっていた。院に問い合わせたが、シェードという者は知らないと言われた」
俺は手が止まった。
シェードの名前が、ここにあった。
百年前、カイのところにシェードが来た。記録を奪おうとした。カイは断った。でも一部が消えた。
ヴェラが言っていた。「シェードがカイの記録について言及していた。「あれは正しかったかもしれない、だから消した」と」
それが、これだった。
夜、記録帳に書いた。
カイの記録を読んだ。百年前、すでに星種実験と記憶消失の関連に気づいていた。シェードがカイのところに来て記録を奪おうとした記述もあった。
カイの結論は、「記録せよ」だった。次の者が分かるように。
補足に書いた。
「俺が今やっていることを、百年前のカイもやっていた。違うのは、俺には各地の証言があり、百年分の連続した記録がある。カイが一人でやっていたことを、今は一人じゃない」
外に出た。空を見た。
南西の星はまだある。でも昨夜より少し暗かった。
記録帳を持ってカイの書いた最後の文を読み返した。
「次に来る者が分かるように」
分かった。カイ。俺が来た。




