第67話 ミラとの最後
翌朝、ミラ老師のところへ行った。
イネさんが「今日は少し起きられている」と言った。中に入ると、老師が枕に寄りかかって座っていた。昨日より顔色がよかった。
「来たか」
「来ました」
「座れ」
老師がしばらく俺を見ていた。
「旅はどうだったか」
「収穫がありました。各地の証言、ネベルの記録。ヨランという人物に会いました。三世代分の消失記録を持っていた」
「ヨラン……知っている。エスタの老人か」
「そうです。百年分の記録が連続していた」
「それを得られたか」
「写しをいただきました」
老師が目を細めた。
「……お前は上手くやった」
「カイのことを話します」と老師が言った。
「聞かせてください」
「カイは俺の師匠だった。俺が星図師になったのはカイのおかげだ」
「師匠が」
「カイは優れた観測者だった。感覚が鋭くて、数値にならない変化を読む力があった。俺はカイから基本を全部教わった」
老師が少し咳をした。イネさんが近づいて水を差し出した。老師が一口飲んだ。
「カイが「星がおかしい」と言い始めたのは、俺が弟子になって五年目のことだ」
「その頃から、ですか」
「数が減っている。明るさが変わっている。カイはそれを記録し始めた。誰も信じなかったが、カイは止めなかった」
「ネベルにいた頃の父の手紙に、カイのことが書いてありました。カイが言い続けて誰も聞かなかったのを見て、父は怖くなって黙った、と」
老師が「そうか」と言った。
「カイを見ていた者は全員、多かれ少なかれ影響を受けた。信じた者は続けた。信じなかった者は黙った。怖くなった者も黙った」
「カイはいつ亡くなったんですか」
「俺が三十歳のときだ。六十二だった。死ぬまで記録していた」
「最後まで」
「最後まで。死ぬ直前も、今夜の空はこうだ、と俺に言った」
老師の目が遠くを見ていた。
「俺はその頃、カイを信じていたか。——信じていた。でも、外に向けて言う勇気はなかった。カイが信じてもらえなかったのを見ていたから、俺も怖かった」
「老師も怖かったんですか」
「怖かった。俺もガルトと同じだ。カイを見ていて、黙る方を選んだ」
「では——」
「お前に渡す理由が分かるか」
俺は少し考えた。
「老師は、カイの記録を封印していた。公表しなかった。でも、俺に渡した。それは——俺なら使えると思ったから、ですか」
「そうだ。ガルトから話を聞いていた。お前が旅をしていると。記録を集めていると。一人の子どもが動き始めたと」
「それを聞いて」
「カイが見ていたものを、お前が証明できると思った。百年たって、やっと証明できる者が出てきた、と」
「老師が封印した理由を、聞いていいですか」
老師がしばらく黙った。
「……カイが死んだとき、記録が消えていた。一部が。誰かが持ち去った、あるいは消した。俺は怖くなって、残りを封印した。表に出せば、残りも消えると思った」
「だから隠した」
「隠すことで守ろうとした。でも——お前が動き始めたとき、隠し続けることが守ることではないと分かった。お前に渡して、世界に出す方が、カイのためになると思った」
老師が布団の横から小さな箱を出した。
木でできた古い箱だった。鍵はなかった。ただ、紙が一枚貼ってあって、「カイの記録」とだけ書いてあった。
「持っていけ」
「ありがとうございます」
「礼を言うな。遅かった。もっと早く渡すべきだった」
俺はその言葉を聞いて、父が手紙に書いたことを思い出した。「お礼を言われることではない」と父も書いていた。
老師が「もう一つ言っておく」と言った。
「はい」
「カイは、最後の年に一つの結論を書いた。記録帳の最後のページに。お前がその箱を開けたとき、そのページを先に読め」
「分かりました」
「カイが何十年もかけて出した結論だ。急いで読む必要はない。ゆっくり読め」
老師が目を閉じた。
「今日は疲れた。また来い」
「また来ます」
「……お前は星図師になった。ちゃんとした星図師に」
「老師のおかげです」
「違う。お前がなった。俺は少し手伝っただけだ」




