第64話 ミラが倒れた
父の手紙から三日後、別の手紙が届いた。
ベルからだった。
「レンへ。急ぎの知らせです。ミラ老師が倒れました。今は安静にしていますが、イネさんが「長くないかもしれない」と言っています。帰れるなら早めに帰ってきてほしいと、老師が言っています。
工房は大丈夫です。師匠も俺も元気です。でも急いでください。ベルより」
読み終わって、すぐに言った。
「帰ります。速く」
「どうした」
「ミラ老師が倒れました。急がないといけない」
クロウが「どのくらいかかる」と聞いた。
「今の位置からファーレンまで、最短で五日」
「急ぐための手段がある。院のネットワークで馬を借りられる可能性がある。試してみる」
「お願いします」
クロウが院のネットワークを使って、次の町で馬を手配してくれた。俺が馬に乗ることはあまりなかったが、この際は文句を言えない。ロットは「乗れる!」と言って一番速く乗った。ヴェラは慣れた様子だった。クロウが先導した。
道を急いだ。
毎晩の観測はした。でも写しを取る時間は省いた。記録帳に書くだけで、整理は後回しにした。
四日目の夕方、ファーレンの港が見えた。
海の匂い。潮の匂い。馴染みのある景色だった。
「帰ってきた」
ロットが「でかい声で言っていいの?」と聞いた。
「どうぞ」
「帰ってきたー!!」
大きな声だった。港の漁師が振り返った。何人かが笑った。
工房に直行した。
ベルが出てきた。
「レン! 帰ってきた!」
「急いで帰りました。老師は」
「今も安静にしています。ミラ老師の家に行けば会えます。少し前まで話せていました」
「すぐ行きます」
「これ、一緒に来た人たちは」
「後で紹介します。今は老師の方が先です」
ミラ老師の家に行った。
イネさんが出てきた。顔を見て、少し安堵した様子だった。
「来たね。老師が待っていた」
「話せますか」
「今日は少し元気だ。でも長くは無理だよ」
中に入った。
ミラ老師は布団の中にいた。顔色は悪かった。でも目が開いていた。俺を見て、口の端が少し動いた。
「……帰ったか」
「帰りました」
「遅かった」
「急ぎました」
「分かっている。顔を見れてよかった」
「話したいことがあると聞きました」
「ある。でも今日は少しだけにする。カイのことを話す」
「カイさんのことを」
「カイの記録を、ずっと持っていた。封印していた。だが、お前に渡す時が来たと思う。明日、元気だったら渡す」
「今夜渡してもらえますか」
「急かすな、老師に」
「すみません。でも——」
「分かっている。大丈夫だ。今夜は眠る。明日の朝、来い」




