第58話 逃走
宿を出て半日、後ろから人が来た。
昨夜の男ではなかった。二人組だった。旅人の格好をしていたが、動き方が違った。目的を持って歩いている動き方だ。
「ロット、速く歩けますか」
「もちろん!」
「走らずに、でも速く」
街道沿いに歩きながら、距離を確認した。追いついてくるペースを計算した。
このままでは追いつかれる。
村に入った。
市場の日で、人が多かった。俺は荷物を背中に持ち替えた。証章を外してポケットに入れた。ロットも同じようにした。
「人の多いところを歩きましょう」
「了解!」
市場の中を歩いた。買い物客の間を縫うように進んだ。後ろを確認した。二人組が入ってきた。でも人が多くて見失った顔だった。
市場の反対の出口から出た。
裏通りに入った。しばらく歩いてから、振り返った。誰もいない。
「撒けたかな」
「多分。でも安心できない。次の宿まで急ぎましょう」
「分かった」
その夜の宿で、ロットが「怖くないの?」と聞いた。
「怖いです」
「怖くなさそうに見えた」
「怖いときは、やることを考えます。怖い気持ちを抱えたまま、次の手順を考える。それだけです」
「それ、できる人間ってそんなにいないよ」
「前の世界で——」
また言いかけた。
「習いました。研究の現場で、失敗したときも落ち着いて次を考える訓練をしました」
「研究の現場か。年じゃないよなあ、そういう習い方は」
ロットが珍しく少し深い顔をした。
「……レンって、なんか普通の子供と違うと思ってたけど、やっぱりそうなんだな」
「そうですね」
「聞かないでおくよ。でも、変じゃない。面白いと思う」
記録帳を確認した。
今日の逃走の記録を書いた。追跡者、人数、対応、結果。
補足欄に書いた。
「記録を分散させておいたことは正しかった。一箇所に集中させていれば、この段階でリスクがはるかに大きかった」
記録を守ることが、俺の今の最優先事項だ。




