第57話 使いが来た
エスタを出た翌日の夜、宿屋で使いが来た。
夕飯を食べていたら、知らない男が入ってきた。三十代くらい、旅の格好をしていたが、荷物がない。荷物のない旅人というのは珍しい。
「ガルト工房の三等師か」
「そうですが」
「記録帳を渡してほしい。全部」
俺はロットを見た。ロットが少し体を固くした。
「渡す理由がありません」
「シェードからの依頼だ」
「誰からでも渡しません」
「記録帳を渡せば、以後は調査を続けていい。邪魔はしない」
「記録帳がなければ調査の意味がない」
男が少し前に出た。
「子どもと話しているつもりはない」
「俺も子どもとして話しているつもりはありません」
ロットが立ち上がった。
「その人に渡すものはないです。帰ってください」
「お前は誰だ」
「旅の仲間です。こっちは二人います。あなたは一人のようですが」
男が周囲を見た。宿の食堂には他の客が数人いた。場所が悪いと判断したのかもしれない。
「今夜は帰る。ただし、渡さないなら次は別の形になる」
それだけ言って出ていった。
「別の形って何ですか」
ロットが俺に聞いた。
「力を使う、ということかもしれません。でも記録帳を奪われないようにするための方法を考える必要があります」
「どうする」
「写しをさらに分散させます。重要なものは今夜中に複数枚写して、別の場所に預けます」
「誰に預ける?」
「宿の主人に一部、郵便局に一部、それからファーレンへ送る分」
「全部の写しをここで作れますか、今夜中に」
「全部は無理です。最重要の部分だけ」
その夜、重要な記録の写しを作った。
ヨランからもらった帳面の抜粋、星種実験の記録の要点、各地での証言の一覧。
ロットが手伝った。俺が書いて、ロットが乾かして分類する。
夜明け前にできた。
「四セット作りました。一つはファーレンへ郵送。一つは宿に預ける。一つは俺が持つ。一つはロットが持つ」
「分散作戦だね」
「全部取られることを避けます」
「頭いいな」
「こういう場合は手順通りにやるだけです」
朝、早く宿を出た。
別の道を行くことにした。来た道を戻らず、少し回り道をして人の多い街道を選んだ。人が多い場所は、動きにくい。
ロットが「スリル満点だな」と言った。
「スリルを楽しんでいる場合ではありません」
「楽しんでないと疲れる。これも旅の一部だよ」
ロットらしかった。俺には難しい考え方だったが、それが間違っているとも思わなかった。




