第56話 三代の記録
ヨランの記録を全部写すのに、一週間かかった。
二十冊以上の帳面。百年分の観測記録。消えた星には×がついていて、消える前の輝度変化も記録されていた。ヨランの父の代から輝度の変化記録が始まっていて、ヨランの代でさらに精密になっていた。
七日間、毎日ヨランの家に通った。
ロットが手伝ってくれた。ロットが帳面を持って並べて、俺が写す。ロットは写しが得意ではなかったが、持って並べる作業はできた。
七日目の夜、ヨランが俺に聞いた。
「お前はなぜこれをするんだ」
「記録が残ることが大事だと思っているから」
「記録が残って、何になる」
「誰かが見ます。今見なくても、後で見る人間がいる。見た人間が何かを理解する。それだけで十分だと思っています」
「俺が百年かけて書いてきたことも、誰かが見るかもしれないということか」
「必ず見ます。俺が今見ています。俺の後にも誰かが見ます」
ヨランが少し黙った。
「……俺はあまり希望を持たない人間だが、それを聞いて少し楽になった」
最後の日、ヨランから帳面を一冊もらった。
「これは俺が特に大事だと思う記録だけをまとめたものだ。その何十冊かから抜粋して、一冊にしてある」
「いただいてもいいんですか」
「お前に持っていってほしい。俺が死んだ後、この家が残るかどうか分からない。でもお前が持っていけば残る」
「大切にします」
「ついでに言う。二十年前にここに来た院の人間に加えて、三年前に別の調査者が来た。若い女の星図師だった」
「名前は聞きましたか」
「カタという名前だった。ファーレンの工房に所属していると言っていた」
ファーレンに所属している女性の星図師。ソーラしか思い当たらなかった。
「ソーラという人物ではないですか」
「違う。カタと言っていた。年は二十代後半くらい」
「……知らない名前です」
「そうか。でも、記録を探していた。私の記録を見て、写していった」
「俺と同じことをしていた」
「そうだ。「誰かと協力しているのか」と聞いたら、「ある工房に繋がりがある」と言っていた」
カタという名前の星図師。ファーレンの工房に繋がりがある。でも俺は知らない。
「三年前に来た後、また来ましたか」
「来ていない。手紙も来ない」
「……何かあったかもしれません」
「そう思っている。でも確認する術がない。だから、お前に伝えた」
帰路につくことにした。
ヨランが家の前まで送り出してくれた。九十代の体で、背が曲がっていても、ちゃんと立っていた。
「気をつけていけ」
「はい。また記録を送ります」
「いらない」
「なぜ」
「俺は送ってもらうより、自分で続ける方が性分に合っている」
俺は笑った。
「分かりました。でも手紙は書きます」
「それならいい」




