第55話 老記録者
ヨランに会ったのは、エスタに来て四日目だった。
港の東の外れに、古い家があった。板張りの壁、低い屋根、庭に器具が並んでいた。観測用の器具だ。ファーレンの工房にあるものよりずっと年代物だったが、丁寧に手入れされていた。
ノックした。
しばらくして、ドアが開いた。
九十代くらいに見える老人だった。白髪で、背が曲がっている。でも目が鋭かった。
「何の用だ」
「星図師のレンといいます。記録についてお話を聞かせてもらいたいと思ってきました」
「記録?」
「星の消失の記録です。ヴェラという方からあなたの名前を聞きました」
「ヴェラ」という名前を聞いて、ヨランの表情が変わった。
「……ヴェラを知っているのか」
「旅の途中で会いました」
「入れ」
家の中は整然としていた。棚に帳面が並んでいた。外見とは違って、中は記録者の空間だった。
「三代続いているのか聞いていいですか」
「俺で三代目だ。祖父が始めて、父が続けて、俺が引き継いだ。この家で百年以上、空を見てきた」
「百年以上の記録があるんですか」
「ある」
「見せてもらえますか」
「お前は何を探している」
「星の消失のパターンです。各地で消失が起きていることを確認してきました。百年の記録があれば、長期的なパターンが分かるかもしれません」
ヨランが棚から帳面を出した。三代分だから、量がある。全部で二十冊以上あった。
「全部は読めない。何から見ればいいですか」
「消失の記録から見ろ。特に印がついている箇所がある。祖父の代から「消えた星」に×をつけてきた。その×の数が増えている」
一冊目を開いた。
祖父の代の記録。百年前。×が二つついていた。
父の代。五十年前頃から始まる。×が六つになっていた。
ヨランの代。二十年前から現在。×が十五になっていた。
「増えている」
「増えている。俺の父が死ぬ前に「お前の代では増えるかもしれない」と言っていた。それが分かっていて、でも止められなかった」
「誰かに報告したことはありますか」
「一度だけ。二十年前に星図院の人間が来たとき。俺の記録を見せた。でも「興味深いが証拠が足りない」と言われた」
「来た人間の名前は分かりますか」
「ノートという名前だった」
ノートが二十年前に来ていた。ファーレンの工房に来たのと同じ人物だ。
「ノートは今の院にいます。俺も会ったことがあります」
「あの人か」
「ヨランさんの記録を見て何と言っていましたか」
「「記録は信頼できるが、複数の地点のデータが揃わないと院として動けない」と言っていた。お前が複数の地点のデータを持っているなら、持っていけば院が動くかもしれない」
「そのつもりです。ヨランさんの記録を写させてもらえますか」
「写していい。だが時間がかかる」
「時間がかかっても大丈夫です」
三日かけて写した。
祖父の代から現在まで、百年分の消失記録の写し。×のついたページを全部写した。
ヨランは最初は口数が少なかったが、三日いるうちに少しずつ話してくれるようになった。
「この仕事、お前みたいな若いのがやってくれるとは思わなかった」
「引き継ぐべき記録だと思っています」
「俺が死んだら、ここの記録はどうなる。子どもはいない」
「もしよければ、全部写しを取らせてください。俺の記録帳に入れます。そうすれば、ここが失われても記録は残ります」
ヨランが少し黙った。
「……頼む」




