第44話 開かずの記録
封印された部屋の最奥に、さらに小さな棚があった。
最初の日には気づかなかった。棚が奥まった位置にあって、暗い場所だったからだ。三度目の訪問でイヨが「あそこはまだ確認していない」と言って案内してくれた。
「この棚だけ、鍵が別になっている」
鍵穴が三つある扉だった。イヨが二本の鍵を持っていたが、三本目はなかった。
「開けられませんか」
「一本目と二本目の鍵は私が持っている。三本目の鍵がどこにあるか分からない」
「どこかに記録はありますか」
「探したことはない。探してみる価値はあるかもしれない」
その日はその棚を諦めて、他の記録を写した。
翌日、イヨが「鍵を見つけた」と言って来た。
「図書館の古い台帳に、この部屋の鍵の保管場所が書いてあった。一番古い台帳で、百年以上前のものだ。院長室の金庫に保管してあるはずだが——」
「院長室に入れますか」
「現院長は私の知人だ。事情を話せば協力してくれるかもしれない」
その夕方、院長から許可が下りた。
「古い記録の調査のため」という名目で、鍵の取り出しが認められた。院長はイヨとは長い付き合いらしく、「それが正しいことなら」と言って金庫から鍵を出した。
三本目の鍵は小さかった。長い時間使われていなかったらしく、少し錆びていた。でも使えた。
扉を開けた。
中は空気が違った。乾燥しすぎていた。保存のために特別な処理をしてあるのかもしれなかった。
棚に帳面が並んでいた。でも、半分以上は白紙だった。文字があったページが、白くなっていた。
「これは——」
「消えている」
インクが飛んでいるのではない。紙の上の文字が、きれいに消えていた。
「意図的に消したのか」
「分からない。でも自然には消えない。何かをされた跡だ」
クロウが棚を確認した。
「全部消えているわけではない。端のページは残っている」
残っているページを見た。断片的な文章があった。
「……星種の安定期は予測より短い。失敗を認め……」
「……記録を残すことが……禁じられた……しかし……」
「……誰かが見つければ……この記録が……」
断片だけだった。文章の途中が消えていて、前後の文脈がつかめない。
「消えた文字は取り戻せますか」
イヨに聞いた。
「魔法的な処理がされているかもしれない。専門家に依頼すれば分かる部分もあるかもしれないが、院に頼めない」
「外部の専門家は」
「いなくはないが、費用と時間がかかる」
「分かりました。今は残っている断片を写します」
残っている文字を全部写した。意味は断片的だったが、書いた。
「……忘れるための道具ではなく……記録のための……」
「……消えた星の数は……今後も増える……」
「……次に見つけた者が……続けることを……」
最後の断片が、俺には特に響いた。
「次に見つけた者が、続けることを」
この記録を書いた人間は、次の誰かに向けて書いていた。百年以上前に、誰かが続きを書く者に向けてメッセージを残そうとしていた。
外に出た。いつもの霧だった。
クロウが「大丈夫か」と聞いた。
「大丈夫です」
「顔色が悪い」
「考えることが多すぎて」
「整理する時間が必要か」
「少し」
クロウが珍しく「今夜は食事でもしながら話そう」と言った。
「それは……はい、助かります」




