第38話 霧の町
ネベルの夜明けは霧の中だった。
窓を開けると白い。手を伸ばすと手の先が霞む。旅人が言っていた通り、一年の半分は霧の町だった。
でも不思議なことがあった。
昨夜、宿の屋根に上がって空を確認した。霧があっても、上に出れば星が見えるかと思ったからだ。実際、屋根の高さでも霧は濃かった。でも、数十メートル上を想像するだけで、星が消えているのが分かる。霧が、地表から一定の高さまで張り付いている。
地形の問題にしては、分布が均一すぎる気がした。
朝食を食べた後、図書館に向かった。
石造りの大きな建物だった。入り口に年配の番人がいて、「目的は何か」と聞いた。
「調査のためです。司書のイヨさんと話したい」
「イヨ司書に約束は」
「ありません。名前を出せば話を聞いてくれると聞きました」
番人が少し考えた。
「待て」
しばらくして、イヨが来た。
四十代後半の女性で、眼鏡をかけていた。細身で、歩き方が早い。俺を見て「三等師の証章をつけているが、本当に一人か」と言った。
「一人です」
「年は」
「十一歳です」
「……ヴェラから連絡が来ていた」
俺は少し驚いた。
「ヴェラから?」
「「若い三等師が行くから話を聞いてやってほしい」と。ヴェラと私は古い知り合いでね。珍しいお願いをするものだと思っていたが」
「会いに来たのは別の理由があります。古い記録を探しています。星の消失に関する記録です」
イヨが俺を図書館の奥に通した。
本棚が高くまで続いていて、はしごで上まで取れる構造になっていた。前の世界の古い図書館のような雰囲気だった。
「古い記録は整理されているが、星の消失に関するものは特定の棚に集めている。過去に似た調査をした人間が何人かいたから」
「過去に調査した人がいるんですか」
「三人知っている。一人は百年前。記録が残っている。一人は五十年前。途中で調査を止めた。一人は——」
イヨが少し止まった。
「二十年前に調査していた人がいた。記録が一部残っているが、続きがない」
「続きがない理由は」
「分からない。来なくなった。ヴェラが知っているかもしれない」
百年前の記録を見た。
ミラ老師の保管庫にある百二十年前の記録と時期が近い。文字は古い形式で読みにくかったが、星の消失の記録があることは確認できた。南西、北東、西。複数の方向が記録されていた。
「これを見ることができますか」
「ここで読む分には構わない。持ち出しは禁止」
「写してもいいですか」
「できる範囲で」
俺は記録帳を出して、重要な部分を写し始めた。
夕方まで図書館にいた。
百年前の記録から、消失した星の方向と時期を抜き出した。
ミラ老師の記録、カル師の記録、そして今の俺の記録。それとこの百年前の記録を並べると、時系列が少し見えてきた。
消失は一定の間隔で起きていない。でも、大きく加速している時期がある。二十年前がその一つ。そして今がまた加速している時期かもしれない。
宿に戻って、記録帳を整理した。
今日分かったこと。ネベルの図書館に百年前の消失記録がある。イヨという司書が管理している。二十年前に調査していた人間がいたが、続きが途絶えている。
「続きが途絶えた」人間は誰なのか。
ヴェラが知っている可能性がある。明日、もう一度ヴェラを探すかどうか考えた。
でも、ヴェラから動いてくる可能性もある。待つことにした。




