第36話 ヴェラの影
ランドを出た翌日の夕方、俺は一人の人物の後ろ姿を見た。
街道沿いの宿場町に差し掛かったとき、少し先を歩いている女の後ろ姿が目に入った。落ち着いた色の外套を着ていて、荷物は少なかった。歩き方に癖があった。
ヴェラに似ていた。
近づこうとしたが、見失った。
宿場町の路地に入ったのが見えたが、追いかけたときにはもういなかった。
気のせいかもしれない。でも、歩き方が。
俺は宿に入る前に、もう一度路地を確認した。ヴェラらしき人物は見つからなかった。
宿の主人に聞いた。
「今日、落ち着いた外套を着た女が来ませんでしたか」
「何人かいたよ。どんな特徴だ」
「三十代くらい。物静か。荷物が少ない」
「……さっきの人か。一人でいた。飯を食って出ていった。どっちに行ったかは分からない」
「この宿に泊まりますか」
「泊まらないと言っていた」
気のせいではないかもしれない。
俺は記録帳を出した。
ヴェラらしき人物の目撃。ランドの方向から来た可能性。俺の後を追っているか、同じ目的地に向かっているか、または偶然か。
補足欄に書いた。
「ファーレンでガルトが警告した通り、ヴェラは情報を集める目的がある。俺がランドで聞き取りをしていたことを知っている可能性がある」
ただ、害を与えようとしているわけではないかもしれない。ヴェラは「記録は価値がある」とも言っていた。
複雑な立場の人間だ。
翌朝、早めに出発した。
今日はネベルへ向かう道を進む日だ。ランドから三日ほどの距離にある学術都市、ネベル。星図師が集まる場所で、古い記録もある。
出発して一時間ほどして、後ろから声がかかった。
「レン」
振り返った。
ヴェラだった。
「やはりそうでしたか」
「昨日気づいたのね」
「歩き方で分かりました」
「観察が鋭い」
「何の用ですか」
「少し話したい。歩きながらでいい」
俺は立ち止まらずに歩き続けた。ヴェラが隣に並んだ。
「ランドで何を聞きましたか」
「記憶を失った老人たちの話と、元星図師カルの観測記録の写しです」
「カルに会ったの。それは」
「それは、なんですか」
ヴェラが少し間を置いた。
「カルは私の……知り合いに近い。あの人が記録を残していたことは、驚いた」
「俺に写させてくれました」
「そう」
「ヴェラさんはランドに何をしに来ていたんですか」
「あなたが来ていると聞いて。記録がどれだけ集まっているか、確認したかった」
「なぜ確認するんですか」
「……言えない。でも、あなたが集めているものは価値がある。そして、それを欲しがっている人間がいる」
「知っています。だから俺は自分で管理します」
ヴェラが少し笑った。
「強い子ね、本当に」
「ヴェラさんは俺の敵ですか」
「違う」
「味方ですか」
「……はっきり言えない」
「中間ですか」
「中間、かもしれない」
ヴェラが足を止めた。俺も止まった。
「一つだけ教えてあげる。ネベルに行くのね? ネベルの図書館に、古い記録がある。普通は入れない部屋があるが、イヨという司書が鍵を持っている。名前を出せば、話くらいは聞いてくれる」
「イヨという司書」
「それだけ。後は自分で」
ヴェラが道を外れた。林の中に消えた。
俺は歩き続けた。
ヴェラが情報をくれた。役立つ情報だった。でも、なぜ教えるのかが分からない。
敵でも味方でもない、中間。そういう人間が提供する情報には、意図がある。その意図が俺に有利なのか不利なのかは、今は分からない。
記録帳に書いた。
ヴェラより情報。ネベルの図書館にイヨという司書。普通は入れない部屋。
使える情報だが、注意が必要。




