第35話 村の星図師
ランドを出ようとしたとき、村の老人が「カルという老師がいる」と教えてくれた。
「星図師ですか」
「元星図師だな。もう引退しているが、昔はネベルで仕事をしていた人だ。今は村に引きこもって、畑を耕している」
「話を聞けますか」
「本人に聞けばいい。村の東の端に家がある」
カルは七十代後半の男で、見た目は普通の農夫に近かった。
「なんだ、星図師か。久しぶりだ、そういう格好を見るのは」
「少し話を聞かせてください。ランドでの調査をしていて」
「調査? 何の調査」
「星の消失と、村の老人たちの記憶喪失について」
カルが少し表情を変えた。
「……入れ」
家の中は、外見と違って本がたくさんあった。棚に古い本が並んでいて、一角に紙の束があった。
「現役の頃の記録が残っている」
カルが言った。
「見せてもらえますか」
「昨夜ここに来た理由があるとしたら、その記録を見せるためだと思っている。俺は気にしていなかったが」
「気にしていなかった?」
「あの村人から聞いたはずだ。若い星図師が調べに来ていると。それで今朝少し考えた。俺の記録が役に立つかもしれない」
カルが紙の束を持ってきた。
ネベルで仕事をしていた頃の観測記録だった。日付は、二十年前から三十年前にかけてのものだ。
「ネベルから見えた星の記録ですか」
「そうだ。ネベルとランドは少し距離があるが、方向は似ている。見える範囲に重複がある」
俺は記録を開いた。
カルの記録は丁寧だった。ファーレンで俺が覚えた「明暗の五段階」方式で書いてあった。時系列で並んでいて、読みやすかった。
「二十二年前と二十一年前のあたりを見てほしい」
カルが言った。
俺はその時期を探した。
南西方向の記録が急激に変化していた。
「この時期に輝度が下がっていますね」
「そうだ。一年で「やや明るい」から「やや暗い」まで落ちた。俺の記録で二段階の変化は前例がなかった」
「報告しましたか、その変化を」
「報告した。ネベルの院に。でも、「単年の変動の範囲内だ」と言われて終わった」
「それで」
「俺もそういうものかと思ったが——翌年もさらに落ちた。二年目には「暗い」になった。三年目には見えなくなった」
「消えたんですか、その星」
「消えた。俺の記録から消えた。院に再度報告したが、やはり「観測誤差の積み重ねだろう」と言われた」
「信じてもらえなかった」
「一等師の俺が報告して、信じてもらえなかった。だから引退した。引退後は院から離れたかった。だから田舎に来た」
カルが苦い顔をした。
「俺は諦めたんだ。でも諦めて正しかったとは思っていない」
「今でもその記録は手元にありますか」
「ここにある。全部」
「これが本物の証拠になります」
「今更何に使える」
「今の俺の記録と合わせると、時系列が繋がります。二十年前に急激な変化があって、今も続いている。それを示す記録になります」
カルが少し長く黙った。
「……コピーを作っていいか。写す時間をくれ」
「写してください。俺はここでしばらく待ちます」
俺は記録帳を出した。カルの記録を書き写した。全部ではなく、重要な部分。南西方向の変化が記録されている部分。
「カル師、ありがとうございます」
「役に立てば」
「立ちます。絶対に」
その夜の記録帳に書いた。
カルという元一等師の証言。二十年前に急激な消失があった。院に報告したが信じてもらえなかった。引退。
これが、過去にあった記録を握りつぶした形の一例だ、と思った。
俺の補足欄に書いた。
「信じてもらえなかった記録が、俺の記録と組み合わさることで、意味を持ち始める。カル師の二十年前の記録がここにある」




