第32話 最初の夜
最初の夜は、野原の真ん中で迎えた。
ファーレンから東に半日歩いたところに、旅人が使う小屋がある。屋根と壁だけで、床は土のままだった。焚き火の跡があって、先に誰かが使った形跡があった。今夜は俺一人だった。
荷物を下ろして、マーゴさんの弁当を食べた。冷めていたが、おいしかった。
それから記録帳を出した。
天井がない。
観測塔とは違う。ファーレンの観測塔は天井を開けると、一定の視野が得られる。でも今夜は野原で、視野が全方向に広がっている。
これが旅の観測だ、と思った。
向きを決めて、北から順番に見ていった。基準星を確認した。工房から持ってきた基準星の一覧と照合した。旅に出てすぐ基準星の見え方が違ったら困るが、今夜は一日分の距離しか動いていないので、差はほとんどなかった。
記録を続けながら、少し考えた。
一人で観測することの違い。ファーレンでは毎晩ベルと一緒に上がっていた。ベルが「欠けている感じがする」と言い、俺が数値と照合する。二人でやっていた。
今夜は一人だ。ベルの感覚はない。俺の数値だけがある。
それでも記録する。それでも書く。一人でもできることをやる。
南西の方向を見た。
ファーレンで記録し続けていた、低下している星だ。旅に出て一日目、ここからでも見えるかどうか確認したかった。
見えた。
ファーレンから東に半日分だけ移動した点からでも、同じ方向の星が見える。位置は少し違うが、識別できる。
輝度の感触は——ファーレンで最後に記録したときとほぼ同じだった。一日分の距離では、感触に大きな変化はない。
記録した。
焚き火をしながら、記録帳を整理した。
今日一日分の記録。出発、道中で観察したこと、夜の観測結果。
補足欄に書いた。
「一人での観測は、ベルの感覚が使えない分、俺の数値だけに頼ることになる。精度を下げないように注意する」
それから、今日別れた人たちのことを書いた。
コルダ老人、リナ、マーゴさん、テオ、ベル、父、ソーラ。全員が見送りに来た。全員に言うべきことを言えた。
「また来る」と言った。必ず帰る、という意味だ。
夜が深まった。
焚き火が小さくなった。俺は毛布にくるまって、空を見上げた。
ファーレンの観測塔から見える空より、広い。遮るものが少ないから、四方全部が空だ。
前の世界でも、フィールドワーク中の野宿で星を見たことがある。あのときは同僚と一緒で、「あそこが何座」と話しながら見た。
今は一人だが、静かな方が観測しやすい。
北の空に、目立つ星がある。基準星の一つだ。今夜の輝度は安定している。
眠くなってきた。
記録帳を閉じた。
眠る前に、短く書いた。
「旅の最初の夜。記録は続く」
それだけだった。




