第30話 旅立ちの前
三等師試験に合格したのは、春の終わりだった。
結果を知ったのは手紙で、ガルト工房宛に届いた。ソーラが先に受け取って、俺に渡した。
「合格」と書いてあった。
一行だけだった。後は手続きの案内が続いていた。
父に見せた。
「合格しました」
「見た」
「ソーラが先に見たんですか」
「届け物だったから受け取っただけ」
ソーラが横で「おめでとう」と言った。一言だったが、ソーラにしては多い方だと思った。
ベルが「やっぱり!」と言った。
ダンが後日来て「先に受かるとか、どういうことだ」と言った。でも怒っているわけではなかった。
ミラ老師の家に行った。
「受かった」
「知っている」
「知っていたんですか」
「ノートが連絡してきた。俺の証言が参考になったかもしれない、と言っていた」
「そうですか」
「お前はどうする」
「もう少しファーレンにいます。父が実務が足りないと言っているので」
「ガルトが正しい。星図師は知識だけではない。現場で積み上げないと分からないことがある」
「はい」
老師が席を立った。
棚の奥を探した。しばらくして、一冊の帳面を持ってきた。
「これをやる」
俺は受け取った。白紙の帳面だった。表紙は固い革で、中はきれいな白紙が綴じてある。
「何ですか」
「記録帳だ。俺が若い頃に使っていたものの、残りの部分だ。最初の方は俺の記録が入っているが、後半は白紙になっている。続きを書いていい」
「老師の記録帳に俺が書いていいんですか」
「だから渡している」
最初のページを開いた。
老師の字で、星の記録が書いてあった。若い頃の字だと言っていたが、今と変わらない几帳面な字だった。
しばらく読んだ。
「これ、星が消えていくことを気づき始めた頃の記録ですか」
「そうだ」
「前半はどこまで入っていますか」
「中盤の辺りまでだ。その後、俺はしばらく記録をやめた」
「やめた理由を聞いてもいいですか」
老師が少し黙った。
「カイが死んだからだ」
「カイさんが死んで、やめた」
「書き続けるのが……つらかった。カイが同じことをしていて、誰にも聞き入れられずに死んだ。俺が続けることに意味があるのか分からなくなった」
「でも俺には渡してくれたんですね」
「お前はカイではない。カイより運がいいかもしれない。それに——」
老師が窓の外を見た。
「俺の記録が誰かに続かれれば、カイの記録もその先につながる気がする。カイの記録は俺が持っている。俺の記録はお前が持つ。そういう形の継承がある」
「分かりました」
俺は帳面を両手で持った。
「大切にします。老師の記録の続きを書きます」
「書け。ただし——」
「はい」
「俺のやり方ではなく、お前のやり方で書け。お前のやり方の方が精度が高い」
工房に戻る途中、港でコルダ老人に会った。体調は戻っていた。
「試験受かったって聞いたよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
「ガルトの息子が三等師か。うちの孫もいつか漁師になるだろうが、星図師には頭が下がる」
「コルダさんも五十年、空を見てきたじゃないですか」
「でも俺みたいには書けない。書いてくれる人がいて、初めて俺の見たものが意味を持つ」
コルダ老人が俺の肩を叩いた。
「これからも頼む」
「はい」
夜、ミラ老師からもらった帳面を開いた。
老師の記録を読んだ。若い頃の老師が、星の変化に気づき、記録し始めた頃の文字だ。
後半の白紙のページが来た。
俺は自分のインクとペンを出した。
日付を書いた。今日の日付。
「引き継ぎの記」と書いた。「ミラ老師の記録帳の後半を、レン・ガルトが継続して使用する。三等星図師、九歳」
それだけ書いて、ページを閉じた。
明日から、この帳面にも記録を書く。
ファーレンを出る日は、まだ先だ。でも方向は決まった。
窓を開けた。夜の空が見えた。
欠けはある。でも、まだある星の方がずっと多い。
第一部が終わる、という感覚がなんとなくあった。前の世界でも、章が変わる前には空気が変わる感じがあった。
次の章は、もっと外の話になる。
それでも、今夜はここで記録する。




