第27話 コルダの話
コルダ老人が体調を崩したと聞いたのは、マーゴさんからだった。
「コルダさん、先週から寝込んでるって。リナが心配して毎日様子を見に行ってるみたい」
「病気ですか」
「年だからね。無理してたのがいっぺんに来たんじゃないかって、医者が言ってるって」
俺はその日の午後、コルダ老人の家を訪ねた。
コルダ老人は布団の中にいた。
顔色はそれほど悪くなかったが、起き上がるのがつらそうだった。リナが俺を見て「レン!」と言った。
「コルダさん、来ていいですか」
「ああ、来い。リナ、出ててくれ」
「なんでよ」
「大人の話がある。おなかすいてるだろ、マーゴのとこ行ってこい」
リナが少し不満そうな顔をしたが、出ていった。
「体はどうですか」
「大したことはない。ただ動くのがめんどくせえ。でもちょうどよかった、お前が来て」
「何かありますか」
「死ぬ前に伝えておきたいことがある」
「まだ死にませんよ」
「まあそうかもしれないが、言える時に言っておく。聞けるか」
「聞きます」
コルダ老人が天井を見ながら話し始めた。
「俺が若い頃——二十代の頃の話だ。あの頃、ファーレンに一人の星図師がいた。今の工房とは別の、小さな工房だったが、腕のいい人でな」
「名前は覚えていますか」
「アベルという。もう死んでる。俺が三十代になる前に死んだ」
「どんな人でしたか」
「変わった人だった。毎晩海に出て、船の上から星を観ていた。陸からじゃ分からないことがある、と言って。漁師と一緒に沖に出てた」
「それで」
「アベルが、ある時から「星が消えていく」と言い始めた。最初は気のせいだと思った。俺たちも「またそういうことを」と笑ってた。でもあの人は本気で、帳面に書き続けていた。毎晩書いていた」
俺は記録帳を出した。
「書いていいですか」
「書け。それを言いたくて呼んだんだから」
「続きを」
「アベルが死んだのは、三十代の終わりだった。病気だった。死ぬ前に俺を呼んで、帳面を渡したんだ」
「その帳面には」
「星が消えていく記録が書いてあった。何年分も。俺には読めなかった。星図師の書き方で、記号ばかりで。でも、一枚だけ絵が描いてあって、その絵は分かった」
「どんな絵でしたか」
「空の絵。ファーレンから見た夜空の絵。それに、×印がいくつもついていた。×印のところには何も描いてなかった」
「×印は、消えた星の場所ですか」
「多分そうだと思う。数えたら七つあった。七つ」
「今から何年前の話ですか」
「俺が三十代の終わりだから……四十年くらい前だな」
四十年前に、七つの消失。
「その帳面は今もありますか」
「それが——申し訳ないんだが」
コルダ老人が少し沈んだ顔をした。
「死んでしまった帳面は、俺が預かっていたんだが、そのあと家が片付いたときになくなってしまった。リナの母親が整理したときに捨ててしまったんじゃないかと思う。探したが見つからなかった」
「……そうですか」
「ごめんな。お前がこういうことをやっていると知っていたら、ちゃんと保管しておいたんだが」
「謝らないでください。俺が気づいたのはつい最近のことですから」
「でも悪かった。アベルが一生かけて書いたものを、俺がなくしてしまった」
「コルダさんが捨てたわけじゃない」
「俺が最後に預かっていた。だから俺の責任だ」
コルダ老人が布団の中で少し縮んだ。
俺はしばらく黙った。
「アベルが七つの消失を記録していたということ、今日俺が記録しました。コルダさんが覚えていたから、記録できました。それは十分なことだと思います」
「そうか……」
「帳面はなくなりましたが、コルダさんの記憶はここにあります。俺の記録帳に書きました。そこにアベルの記録が残ります」
コルダ老人が天井を向いたまま、少し間があってから言った。
「レン、お前は不思議な子だ」
「そうですか」
「ああ。あの年でそういうことを言う子は見たことがない。でも、ありがとな」
「こちらこそ」
リナが戻ってきた。マーゴさんの差し入れを持って、にこにこしていた。
「コルダじいちゃん、何話してたの」
「昔話だ」
「また昔話。じいちゃん最近昔話ばかりだよ」
「年を取るとそうなる。リナにもそういう日が来る」
「ならないよ」
リナが笑った。コルダ老人も笑った。
記録帳に今日の話を全部書いた。
アベルという星図師。四十年前。七つの消失。帳面は失われた。でも記録は今ここにある。
補足欄に書いた。
消失の記録は、百二十年前(ミラの保管庫)、四十年前(アベルの帳面、現存せず)、そして今。
三つの時代に渡って同じことが起きている。




