第26話 ロットからの手紙
手紙が来たのは、ヴェラとの接触から十日後だった。
差出人の名前を見て、ベルが「ロットさんだ」と言った。ベルの方が先に気づいた。手紙は工房宛で、俺とベル二人へと書いてあった。
「同じ人から手紙が来るとは思ってなかった」
「ロットはそういう人です。来ると言えば来る。書くと言えば書く」
「読みましょうよ」
ロットの手紙は予想通り賑やかだった。
今いる場所の説明から始まって、そこで食べた飯の話、泊まった宿の話、会った変な人の話。それが三段落続いた後で、ようやく本題に入った。
「いくつかの町で、空がおかしいという話を聞きました」
俺は読む速度を上げた。
「ファーレンから東に二日のマルという町で、漁師に聞いたんですが、「南の方の星が最近頼りない」と言っていました。俺が泊まった宿の主人も「昔より星が少なくなった気がする」と言っていて、それがレンの話と重なると思って書きました」
「もっと東のホルという農村でも、畑を見る老人が「北の星が薄くなった」と言っていました。農村の人が星で方角を確認するんですね。それが使えなくなると畑の管理が変わるらしくて、困っているそうです」
「特に面白かったのが、旅の途中で会った行商人です。フォルムという人で、いろんな地域を回っているらしいんですが、「十年前と星の見え方が変わった地域が少なくとも三ヶ所ある」と言っていました。その人は地図を作る趣味があって、星の見え方の変化をメモしていたみたいです。フォルムが言うには、変わった地域は南西方向に多い、と」
俺は記録帳を出した。
南西方向。南西の星が低下中だというのは俺の記録帳にある。ロットがいたとき、ソルテでも南西方向の漁師の声があった。そして今度、フォルムという行商人が「変わった地域は南西方向に多い」と言っている。
点が増えている。
「ベル、地図を持ってきてもらえますか。工房の棚の一番下にある大きいやつ」
「はい」
ベルが地図を持ってきた。ファーレンから東西南北を含む大陸の広域地図だ。俺は地図を広げて、ロットが書いていた地名を確認した。マル、ホル。それぞれの位置から南西方向に線を引いた。
線が交差する先に、何があるか。
今の地図では分からない。でも、複数の地点から同じ方向に変化が観測されているということは、その先に何かある可能性がある。
「ベルはこの手紙を読んでどう感じましたか」
「……なんか、広いと感じた。ファーレンだけじゃないんだなって」
「俺もそう思います」
「俺は感覚でしか分からないから、どこがどうという言い方ができないんですが——なんか、欠けてる感じがファーレンだけじゃない感じは、前からしてました」
「前から?」
「うん。ここに来てすぐの頃から。ファーレンの空にだけ欠けがあるんじゃなくて、もっと広い空に欠けがある感じがずっとしてた」
俺は記録帳に書いた。
ベルの感覚:欠けはファーレン近辺だけでなく、より広い空全体に及んでいる感触がある(来訪当初から)。
ロットへの返信を書いた。
フォルムという行商人のこと、もっと詳しく聞いてほしいこと。できれば、フォルムが変化を確認した地域のリストと方向を教えてほしいこと。
それから、ロットに頼んだ。
「旅しながら、こういう話を聞いたら記録してください。誰が、どこで、どの方向の星が、どのくらい変わったと言っていたか。感覚でもいいから書いて送ってほしい」
ロットは旅の星図師見習いだ。各地を回って情報を集める。それが、今の俺には一番必要なことかもしれない。
父に相談した。
「ロットに情報収集を頼みたいと思っています」
「あの子は信頼できるか」
「はい。嘘をつくタイプではないと思います」
「感覚で言っているか」
「観察して言っています。ロットは言ったことをやる。言わないことはやらない」
父が少し考えた。
「構わん。ただし、あくまで個人的な情報交換の範囲にしておけ。組合や院が関係する話にするな」
「はい」
「お前が動くのはまだ早い。まず記録を積む」
「わかりました」
夜の記録帳。
ロットからの手紙の内容をまとめた。地名、情報提供者の属性、方向、変化の内容。
現在確認されている消失・低下の件数。ファーレン近辺三件。ソルテの漁師の声。マルの漁師の声。ホルの農村老人の声。フォルムの「南西方向に多い」という観察。
補足欄に書いた。
範囲が広がっている。これはもうファーレンの問題ではない。でも、今の俺にできることはファーレンで記録を積み上げることだ。まず足元を固める。




