第25話 ヴェラ再び
ヴェラが俺に直接接触してきたのは、ノートが巡回を終えてファーレンを去った翌日だった。
港の近くで、一人で歩いていた。父はいなかった。
「レン、少し話せる?」
ヴェラは穏やかに言った。
「何の話ですか」
「工房に行ったとき、ガルト師匠に追い返されてしまって。あなたに直接伝えたいことがあった」
「父が来ない方がいいと言ったなら、それには理由があります。俺も同じことを言います。父のいないところでの話は聞きません」
「そう言うかと思った。でも一つだけ」
ヴェラが少し声を落とした。
「記録は残さない方がいいこともある、と伝えたかった」
「どういう意味ですか」
「言葉通りの意味。星の記録、消えた星の記録、それを詳細に残していくことで、困る人間がいる」
「困る人間がいることは分かっています。だから俺は記録します」
「危険なことだと分かっている?」
「分かっています」
「本当に? 七歳で分かっていると言っているのか」
「七歳であることと、分かっているかどうかは別です」
ヴェラが少し黙った。
「ガルト師匠は、あなたに危ない目に遭わせたくないはずだ」
「父の気持ちを代わりに伝えないでください。父から直接聞きます」
「……強い子ね」
「強くはありません。記録を続けることが正しいと思っているだけです」
「記録を続けることで、何かを失う可能性がある。それでも続けるつもり?」
「失う可能性があることと、やめる理由になることは違います。失う可能性があるなら、なくさないように注意しながら続けます」
ヴェラが俺を見た。
不思議な目だった。敵意ではない。心配しているような、でも何か別の感情も混ざっているような。
「あなたが記録しているものは、本当に存在する」
ヴェラが言った。
「知っています」
「そして、それを消そうとしている人たちも、本当に存在する」
「知っています」
「それでも」
「続けます」
ヴェラが少し息を吐いた。
「……ガルト師匠があなたを私から遠ざけようとする理由は、私が危険な立場にいるからです。私と関わると、あなたも同じ立場に引き込まれる可能性がある。そういう意味で、師匠は正しい」
「ヴェラさんはどういう立場にいるんですか」
「言えない。でも、あなたの記録は価値がある。それだけは伝えたかった」
ヴェラが去った。
俺はしばらくその場に立っていた。
港の風が来た。海の匂いがした。コルダ老人の船が見えた。
ヴェラは何者なのか。父が知っていて、遠ざけようとしている。でもヴェラは「記録は価値がある」と言った。記録をやめさせようとしているわけではない。
複雑だ。
記録帳に書くべきことがある。書き方を考える必要があった。
工房に戻った。父がいた。
「港でヴェラに会いました」
父の動きが止まった。
「何を言った」
「記録は残さない方がいいこともある、と言っていました。でも、記録は価値がある、とも言っていました。矛盾しています」
「……そうか」
「父さん、ヴェラは何者ですか」
ガルトが少し長く黙った。
「……昔、同じ場所にいた人間だ」
「ネベルですか」
「そうだ」
「それ以上は言えませんか」
「今は言えない。お前が大きくなったら話す」
俺はそれで引き下がった。「今は言えない」は「永遠に言えない」ではない。
夜の記録帳。
ヴェラとの接触。「記録は残さない方がいいこともある」「あなたの記録は価値がある」。矛盾する二つの言葉。
推測欄に書いた。
ヴェラは記録を消すことを目的とする組織にいるが、個人的には記録の価値を認めている可能性。組織の方針と個人の認識が一致していない状態かもしれない。
ベルがヴェラに「欠けた感じ」を覚えると言っていた。それがヴェラ自身の性質なのか、ヴェラが関わっている何かの性質なのかは分からない。
「危険な立場にいる」とヴェラが言った。ヴェラ自身が危険な立場にいる。
記録帳に書いてから、俺はしばらく考えた。
ヴェラは敵なのか、そうでないのか。今の段階では判断できない。だから判断しないと書いた。
判断を保留することも、記録の一部だ。




