第24話 ミラの証言
ミラ老師がノートを呼んだ。
老師が誰かを呼ぶことは珍しかった。老師の家に人が来ることは多いが、老師から使いを出して呼び寄せるのは、よほどのことだと後でコルダ老人が言った。
「あの人、そんな気合い入れるの初めて見た」
コルダ老人は少し驚いていた。
「何を話すつもりなんですかね」
「レンのことだろう。ミラ老師はレンの記録帳を本物だと思っている。それを検査官に言うつもりだと思う」
俺はその場にいなかった。
老師がノートを呼んだことを知ったのは、ノートが帰った後だった。イネさんが「老師がノートさんを呼んで、二時間話した」と教えてくれた。
ノートはその後、工房に来た。
俺に会いに来た。
「老師に呼ばれた」
「聞きました」
「二時間話した。君の記録帳について、老師が詳しく説明してくれた。百二十年前の記録との比較、老師自身が観測してきた感触も含めて」
俺は黙って聞いた。
「老師は「この子の記録は本物だ」と言っていた」
「老師らしい言い方ですね」
「君はそれに何か言うことはあるか」
「ありません。老師の言葉は老師の言葉です。俺から付け加えることはないです」
ノートがしばらく黙った。
「院に戻って、報告書を書く」
「どういう内容を書くつもりですか」
「巡回検査の結果。ガルト工房は全項目適正。見習いが私的に独自の観測記録をつけているが、工房運営には影響なし。以上だ」
「星が消えているという件については」
「私の判断では記述できない。ただ——」
ノートが少し止まった。
「ミラ老師の証言は重い。老師は六十年以上の実績がある。老師が「本物だ」と言っていることは、報告書の参考文献として添付できる」
「それは正式に認定されることと違いますね」
「違う。ただ、院の中で誰かが気にする可能性はある」
俺は考えた。
正式な認定ではない。でも、何かが動く可能性がある。それは今の俺の力でできることの外側にある。
「分かりました。ありがとうございます」
「お礼を言うことはない。俺は規則通りのことをするだけだ」
「それでも、ありがとうございます」
ノートがまた少し止まった。
「……記録を続けなさい。七歳が言い訳に使える年齢ではなくなる前に、できるだけ積み上げておきなさい」
それだけ言って、ノートが工房を出た。
老師の家に行った。
「ノートに話してくれたと聞きました」
「ああ」
「なぜですか」
「お前が言っても信じない可能性があるが、俺が言えば少しは信じる。それだけだ」
「老師の信用を使ってくれたんですか」
「使えるうちに使う。俺はそんなに長くない」
俺は老師を見た。老師は普段と変わらない顔で、古い星図を読んでいた。
「長くないというのは」
「年だ。七十に近い。あと何年もない」
「俺に言うことは、その前に全部言ってください」
老師が少し笑った。
「言う。ただ、俺が知っていることより、お前が気づくことの方が多いかもしれない」
帰り道、コルダ老人に会った。
「老師、元気そうだったか」
「元気でした。でも、あと何年もないと言っていました」
「そうか……」
コルダ老人が海を見た。
「あの人がいなくなったら、ファーレンは空の読める人間が減る。お前が残ってくれたら助かる」
「俺はいつかここを離れるかもしれません」
「そうか。いつか?」
「記録が積み上がったら、各地を回って確認する必要があると思っています。星の消失は、ファーレンだけの話じゃないかもしれないので」
「でかい話だな」
「かもしれません」
「……頑張れよ」
コルダ老人らしい言い方だった。
記録帳に今日のことを書いた。
ミラ老師の行動。ノートへの証言。「本物だ」という言葉。ノートが「記録を続けなさい」と言ったこと。
これはひとつの変化だった。
俺の記録が、俺の外側に少しずつ広がっている。ノートが報告書を書く。報告書が院に届く。誰かが読む。いつか誰かが気にする。
時間がかかる。でも、俺がいなくな記録は残る。
それでいいと思った。




