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星図師は空の欠けを知っている  作者: ごま
第一部:工房の空

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23/75

第23話 ガルトの怒り

 ノートの巡回が終わる前日に、ヴェラが来た。

 午後の遅い時間だった。工房の前に立っていて、俺が気づいたとき、ちょうどドアをノックしようとしていた。

「こんにちは、レン。先生はいらっしゃる?」

「いますが、今日は何の用ですか」

「少し話したいことがあって」

 物腰は穏やかだった。いつもそうだ。でも、なぜか落ち着かない感じがする。ヴェラがいると、空気が少し変わる気がする。俺の感覚が悪い方向に反応する。

「中に入ってください」

 父を呼んだ。


 ガルトがヴェラを見た瞬間、表情が変わった。

 普段の父は感情を顔に出さない。だから、その変化は分かりやすかった。目が細くなった。顎が少し引いた。

「何の用だ」

「こんにちは、ガルト師匠。お久しぶりです。ご無沙汰していて——」

「何の用かと聞いた」

 声が低かった。俺は父がこの声を出すのを初めて聞いた。

 ヴェラが少し止まった。それから穏やかな表情のまま言った。

「レンの記録帳について、少し話したいと思って」

「帰れ」

「師匠——」

「帰れと言った」


 ヴェラが父を見た。それから俺を見た。俺はヴェラを見た。

「レン、記録は大切にね。でも——」

「レン、中に入れ」

 父が俺に言った。

「でも——」

「入れと言った」

 俺は工房の中に入った。ベルが隅で固まっていた。ソーラが仕事の手を止めていた。

 外でしばらく声がした。ガルトの低い声だけで、ヴェラの声はほとんど聞こえなかった。しばらくして静かになった。


 父が戻ってきた。

「あの人は何者ですか」

「関係ない」

「関係あります。俺の記録帳について話に来ていました」

「関係ない」

 父は仕事に戻った。

 俺はしばらく待った。父が仕事をしている間、隣で記録帳を整理するふりをして待った。三十分くらいして、父が少し落ち着いた気配になったとき、もう一度聞いた。

「あの人を知っているんですか」

 父が止まった。

「……知っている」

「昔ですか」

「ずっと昔だ」

「星図師の関係者ですか」

「違う」

 それ以上は言わなかった。


 夜、ベルが来た。

「さっきの人、知ってます?」

「知らないです。でも、何かある人だと思います」

「俺も感じた。あの人がいると、空気が欠けてる感じがする」

「空気が欠ける?」

「星と同じ感じ。なんか、足りない感じ。でもうまく言えない」

 俺は少し考えた。ベルの感覚は正確だ。ヴェラがいると「欠けた感じ」がするというのは、何かを意味しているかもしれない。

「記録帳に書いていいですか」

「何を?」

「ベルがヴェラに感じたこと」

「……書いていいですよ」


 記録帳に書いた。

 ヴェラ。来訪。ガルトが激しく拒絶した。ガルトが声を荒げたのは初めて見た。父とヴェラの間に何かある。

 ベルの感覚欄:ヴェラがいる間、「空気が欠けている感じ」があった。星の欠けと同種の感覚だと言う。

 推測欄:ヴェラは忘却師と何らかの関係がある可能性。根拠はベルの感覚のみ。

 俺は「根拠はベルの感覚のみ」と書いてから、少し考えた。ベルの感覚は、これまで数値記録と一致し続けている。精度は低くない。

 だから、「根拠はベルの感覚のみ」と書いたが、俺の中での確度はそれなりにあった。


 翌朝、父がいつもより早く起きていた。

 台所で座っていた。

「父さん」

「うん」

「ヴェラという人は、危ない人ですか」

 父が少し沈黙した。

「……危なくはない。でも近づかない方がいい」

「理由は」

「あいつは何かを隠している。隠しながら、他人の情報を集める。それだけは分かっている」

「情報を集める理由は」

「分からない。でも、お前の記録帳に興味を持っている以上、注意した方がいい」

 父がそれだけ言って立ち上がった。

 俺は父が怒ったことよりも、父が珍しく言葉を使ったことの方が印象に残った。

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