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星図師は空の欠けを知っている  作者: ごま
第一部:工房の空

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第21話 検査官

 王立星図院の検査官が来たのは、三件目の星の低下を確認してから二週間後のことだった。

 名前はノートといった。五十代くらい、背が高く、顎鬚を几帳面に整えている。胸に星図院の紋章をつけていた。年に一度、ファーレンを含む沿岸の工房を巡回するのが仕事らしかった。

 来ることは事前に父から聞いていた。「余計なことを言うな」とも言われた。

 でも、俺は余計なことを言わないタイプではない。


 ノートは工房に入るなり、道具の確認を始めた。観測器具の精度、写図の紙の品質、記録帳の形式。チェックリストを持っていて、一つ一つ確認しながら紙に書き込んでいった。

 ソーラが案内役として隣についていた。ベルは素材の棚の整理をするふりをして工房の隅にいた。俺は記録帳を持ってノートの後ろをついて歩いた。

「ガルト師匠の工房は毎年問題ない」

 ノートが言った。書き込みながら言った。

「一等師匠の工房は例年通りです」

「そうですね」

「ただ、今年は少し確認したいことがある」

 ノートが足を止めた。俺を見た。

「君が七歳の見習いか」

「そうです」

「独自の記録帳をつけていると聞いた。見せてもらえるか」


 俺は記録帳を渡した。

 一冊目の観測記録と、二冊目の補足記録。ノートは両方を受け取って、最初から読み始めた。かなり長い時間読んでいた。

 ソーラが横で少し体を固くしていた。ベルが棚の整理を止めて、こちらを見ていた。

「……独自の表記法を使っているな」

「基準星方式という方法です。絶対値がないので相対指数で記録しています」

「知っている方法ではない。どこで習った」

「自分で考えました」

 ノートが俺を見た。

「七歳が」

「はい」

「ミラ老師に見せたか」

「はい。筋は通っているが、完全ではないと言われました。基準星が二つ同時に消えた場合に対応できないのが弱点です。現在改良中です」

 ノートがまた記録帳を見た。


「君は、星が消えていると主張しているようだが」

「記録がそう示しています」

「三件」

「夕明け星の消失、南西の名称なし星の低下、北北東の名称なし星の低下の三件です。ミラ老師の保管庫にある百二十年前の記録でも、同じ方向に消失した星の記録があります」

「それは老師の記録だ。君の記録ではない」

「俺の記録と合わせると時系列の連続性が見えます。補足欄に比較表を作ってあります」

 ノートが補足欄を見た。

 長い沈黙があった。

「……よく整理されている」

「ありがとうございます」

「ただ」

 ノートが記録帳を閉じた。

「これを認めることはできない」


「理由を聞かせてください」

 俺は聞いた。

「等級外の者が独自の表記法で記録したものは、王立星図院の記録として認められない。これは院の規則だ」

「王立院の記録として認めてほしいわけではありません。この記録帳は俺個人の記録です。それを誰かに認めてもらう必要はないと思っています」

「しかし工房に置いてある記録帳が院の基準外の方法で書かれていた場合、工房の評価に影響する可能性がある」

 俺はそれを聞いて少し黙った。

 ガルト工房の評価に影響する、ということだ。俺個人の問題ではなく、父の工房の問題になる。

「……父に確認してから答えます」

「そうしなさい」


 父を呼んだ。ガルトはノートの話を聞いて、最初から最後まで黙っていた。

 ノートが同じことを繰り返した。等級外の者の独自記録が工房に存在することが評価に影響する可能性がある、と。

 父が口を開いた。

「その記録帳は俺が許可して書かせているものだ」

「師匠が許可されているのは理解しています。ただ——」

「続けろ」

 ノートが少し止まった。

「ただ、内容に院の基準と相容れない部分がある。特に星の消失についての記述は、証拠なしに断言している部分が目立つ」

「事実欄と推測欄を分けて書いてあります。断言している部分は事実欄のみです。事実欄には、俺が直接観測した数値だけを書いています」

 俺は口を挟んだ。

「レン」

 父が低い声で言った。

「でも本当のことです」


 ノートが俺を見た。

 何かを考えている顔だった。検査官として来ているが、その向こうに別の表情があった。

「……記録帳を明日まで預かってもいいか」

「何のためにですか」

「もう一度読む」

 俺は少し考えた。それから「はい」と言って渡した。

 ノートが引き取って、定宿の方向に歩いていった。

 父が俺を見た。

「余計なことを言うなと言ったはずだ」

「ですが正しいことです」

「正しいかどうかと、言うべきかどうかは別だ」

 俺は黙った。

 父は怒っているわけではなかった。ただ、それが事実だと言っていた。


 その夜、ベルが俺の部屋に来た。

「大丈夫でしたか」

「大丈夫の定義によります」

「記録帳を取られなかったですか」

「取られてはいない。預けた。明日返ってくるはずです」

「本当に返ってきますか」

「そうでないなら、返ってくるまで毎日あの人の前に立ちます」

 ベルが少し笑った。

「レンって、怖いもの知らずですね」

「記録帳は俺のものです。それを預けた以上、返ってくるまで諦める理由がない」

「……そういうところ、好きです」

 ベルは言ってから少し照れた顔をした。感情を隠さない子だ。

 俺は「ありがとうございます」と言った。

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