第12話 ソーラの流儀
ソーラは朝が早い。
俺より早く起きて、工房に来て、すでに仕事を始めている。どのくらい早いかというと、俺が夜明け前に目を覚ましてもすでに気配がする、というくらいだ。父と同じくらい早い。
一度だけ聞いたことがある。「なんでそんなに早いんですか」。
「早く来ないと時間が足りないから」
「何が足りないですか」
「全部」
それだけだった。ソーラにとって時間は常に足りていない。仕事の量に対して、常に時間が不足している感覚で生きているらしかった。
俺には少し分からなかった。前の世界でも締め切りに追われることはあったが、それは外側から来るものだった。ソーラのそれは内側から来ている。自分で設定した水準に、常に届いていないという感覚だ。
ある朝、ソーラの仕事を横で見ていた。
写図作業だった。前の星図を手本に、次の月のものを描く。星の位置の微調整、航路情報の更新、季節変化の補足。細かい作業が続く。
ソーラのやり方は、整然としていた。
まず全体を見る。次に端から順番に確認する。確認したところは小さく印をつける。全部終わったら、印のついていない場所がないか確認する。最後に全体をもう一度見る。
ミスを出さないためのルーチンが完成していた。
「覚えたんですか、その手順」
「考えて決めた」
「いつ頃」
「修行を始めて半年くらいかな。何度かミスが出て、なぜミスが出るか分析したら、確認順序が一定じゃないからだと分かった。それで固定した」
「それから一度もミスが出ていませんか」
「ゼロじゃないけど、かなり減った」
俺は自分のやり方と比べた。俺の確認は感覚ベースだ。「なんとなく違う」という感覚を頼りに確認する。手順は毎回違う。ミスが出ないのは、おそらく感覚が先にエラーを拾うからだ。でも感覚は言語化できない。他の人には教えられない。
ソーラのやり方は言語化できる。教えられる。再現できる。
「ソーラさんのやり方の方が、人に教えやすいですね」
「そうだよ。あなたのやり方は再現できないから、一人の能力にしかならない」
厳しいようだが、正確な指摘だと思った。
昼に、ダンが来た。
今日は届け物ではなく、ソーラに相談があるらしかった。
「次の試験の、実技のやり方なんだけど」
「また来たの」
「だって分からなくて」
ソーラとダンの関係は、俺には最初少し分かりにくかった。競争相手のはずなのに、ダンはソーラに相談しに来る。ソーラは面倒くさそうにしながら答える。
「なんで教えるんですか」
後で聞いたら、ソーラが少し考えてから言った。
「ダンが試験に通らなかったら、ファーレンに三等師が一人増えない。それはこの町全体にとってマイナスだから」
「自分の競争相手が増えることになりますが」
「競争相手が増えて何が悪いの。腕が上がらないより良い」
俺はそれを聞いて、ソーラという人間の輪郭が少し分かった気がした。この人は、仕事を「自分の評価」ではなく「仕事そのものの質」として考えている。
前の世界でも、そういう研究者はいた。自分の論文の評価より、データの正確さの方が大事、という人が。
夕方、ガルトが珍しく早めに仕事を切り上げた。
船具屋のテオが来て「ちょっと相談がある」と言ったためだ。二人で台所に入って話し始めた。
俺とソーラは写図室に残って作業を続けていた。
「なんの話ですかね」
「多分、港の組合の話。夕明け星が消えてから、航路の組み直しで揉めてるって聞いた」
「テオさんが来るということは、商業的な問題もあるということですか」
「星図師の信頼の問題でもある。星が消えたのは星図師のせいじゃないけど、組合は星図師の言った通りに動いているわけだから」
なるほど、と思った。
星が消えることで困るのは漁師だけじゃない。星図師も、間接的に信頼を問われる立場になる。
テオが帰った後、ガルトが俺を呼んだ。
「組合が新しい道標星の確認を頼んできた。来週、改めて観測する」
「はい」
「お前も来い」
「観測の手伝いですか」
「観測と、記録だ。お前の記録帳のやり方で記録しておけ。後で組合に説明するかもしれない」
俺は少し驚いた。父が俺の記録帳のやり方を「使う」と言ったのは初めてだった。
「俺の表記法でいいんですか」
「お前の方が細かい。それの方がいいだろう、この場合は」
短い言葉だったが、認められた感じがした。言葉にはしないが、父はちゃんと見ている。
「分かりました」
「準備しておけ」
夜、記録帳を開いた。
今日観察したこと——ソーラの手順化されたやり方と、俺の感覚ベースのやり方。どちらが正しいかではなく、どちらにどんな強みと弱みがあるかを書いた。
来週の観測に向けて、準備の欄も作った。基準星の確認方法、記録する項目の一覧、天気が悪かった場合の対処。前の世界の観測前チェックリストと、やっていることは全く同じだ。
世界が違っても、準備の仕方は変わらない。
そういうことを書いた。




