第10話 見習いの誓い
工房の見習いになるのに、大げさな儀式はない。
ガルト工房の場合、師匠が「よし、うちの見習いだ」と言えばそれで終わりだ。書類もないし、誰かに報告するわけでもない。正式な等級試験は王立星図院が管理しているが、修行に入ること自体は工房の師匠の裁量だ。
でも、ガルトには一つだけやることがあった。
「夜、塔に上がれ。お前とソーラと、ミラ老師にも声をかけてある」
そう言われたのは、昼過ぎのことだった。
夕飯の後、エッダ工房のダンもいつの間にか来ていた。
「なんで俺もいるんだ」という顔をしていた。俺も同じ顔をしていたが、たぶんエッダさんから何か言われたのだろうと思ってそれ以上考えなかった。
マーゴさんも来た。
「ガルトが来いって言うから」と言いながら、小さな菓子の包みを持ってきた。
「儀式に菓子が要るんですか」
「気分の問題よ。こういうのは気分が大事」
テオも来た。
「暇だから来た」と言った。
ミラ老師は少し遅れて来た。イネさんが付き添って、坂を上ってきた。老師は息を切らしながら「年を取るというのは不便だ」と言った。
全員が揃ったところで、ガルトが観測塔への階段を先に上がった。
塔の天井を開けると、空が広がった。
晴れていた。秋の終わりで、空気が冷えていた。みんなが上がってくると、狭い塔の中が人の体温で少し温まった。
コルダ老人も来ていた。いつの間にか。
「ガルトに呼ばれた」と言った。「あと俺は孫が来てて」と言いながら振り返ったら、リナが後ろにいた。
「レン!」と言って手を振った。
「来ていたんですね」
「じいちゃんについてきた」
狭い塔がさらに手狭になった。でも、悪い感じじゃなかった。
ガルトが口を開いた。
普段より声が少し大きかった。この人数を前に話す声の大きさだった。
「レンをうちの見習いにする。今日からだ」
それだけだった。
みんなが拍手した。マーゴさんが「おめでとう」と言った。コルダ老人が「精が出るな」と言った。テオが「俺も何か言うべきか」と言ってから「おめでとう」と言った。ダンが「これで同業者だな」と言った。ソーラが「よろしく」と言った。一言だったが、ソーラにしては多い方だと思った。
ミラ老師は何も言わなかった。でも、うなずいた。
ガルトが俺に言った。
「一つだけ言え。何のために星を記録するか」
全員が聞いていた。
俺は少し考えた。長くは考えなかった。ここ一ヶ月で、答えはだいたい出ていた。
「全部の星を記録するためです」
「全部というのは」
「今ある星も、消えていく星も。誰かが覚えていなくても、記録の中には残る。それが俺の仕事だと思っています」
場が静かになった。
コルダ老人が「いい目をしてるな」と言った。リナが「かっこいい」と言った。マーゴさんが「立派だ」と言った。
ガルトは何も言わなかった。ただ一度、うなずいた。
父のうなずきは言葉より重いことが多い。今夜のそれもそうだった気がした。
その後、みんなで少しだけ星を見た。
狭い塔に十人近くが入ったので、端から端まで肩が当たるような状態だったが、誰も嫌がらなかった。
ミラ老師が西の空を見て、低い声で言った。
「夕明け星がない」
コルダ老人がうなずいた。
「もう二週間になる。若い衆が不安がっている。どうするかは考えてるところだ」
「他の道標星を使えるか?」
「できないことはない。ただ、慣れた星を急に変えるのは怖い。ベテランならともかく、若い連中には」
ミラ老師が何かを言おうとして、やめた。俺はそれを横で聞いていた。
テオが言った。
「なんで消えたんだ、あの星」
「分からない」とガルトが言った。
俺は何も言わなかった。分からないは正しいと思った。なぜ消えるのかは、まだ分からない。でも消えていることは分かる。どこが消えたかも分かる。それを記録し続けることが、今の俺にできる全部だ。
みんながいなくなった後、俺と父で塔の片付けをした。
リナが帰り際に言った。
「レン、また星の話教えて」
「今度ね」
「名前のない星も教えて」
「名前のない星の方が多いけどね」
「じゃあ全部教えて」
「全部は無理だよ」
リナはちょっと残念そうな顔をして、コルダ老人に手を引かれて帰った。
父が片付けを終えて、俺に言った。
「今日から見習いだ」
「はい」
「明日から仕事が増える」
「分かりました」
「記録帳は続けていい。ただし、仕事に支障を出すな」
俺はうなずいた。
「それだけだ。寝ろ」
父が先に降りた。
俺はもう少しだけ塔に残った。
西の空に夕明け星はない。でも、他の星はある。何千という光が、冷えた空に並んでいる。その中に、俺の記録帳にまだ載っていない星が、何百とある。
全部を記録できるかどうか分からない。でも始めることはできる。
俺は記録帳を開いた。
今夜の日付を書いて、見える星を一つ一つ書き始めた。
名前があるものには名前を、ないものには方角と位置だけを。
消えた星の場所には、今夜も何も書かなかった。書くことが何もないから。でもそのページは、空けておいた。
空の欠けは、記録帳の中でも欠けたまま残っている。
それでいいと思った。




