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推しの肩甲骨を剥がすことになりました。〜営業スマイルの裏でガチ恋勢は限界を迎えている〜  作者: 寝不足魔王


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第17話:末っ子の反乱、アイドルの独占欲は熱を帯びて

 平和な日常ほど、足元から崩れる予兆に気づかないものである。

 佐藤凛は今、事務所のストレッチルームで、グループの末っ子メンバー・レオの「メンテナンス」を行っていた。十九歳のレオは、メンバーからもファンからも「国民的ペット」と称されるほど無邪気で愛嬌のある少年だが、その細い身体には、ダンスの激しさを物語るような鋭い疲労が刻まれている。


(……若いからって、無理しすぎなのよ。前十字靭帯のあたり、少し張ってるわね)


「……あ、あうぅ。……佐藤さん、そこ……痛いけど、なんか、すごく安心する……」


 レオがマッサージベッドに顔を埋めたまま、甘えたような声を出す。

 凛はあくまでプロとして、淡々とその太腿を圧迫しながら答えた。


「レオ様。安心している暇があったら、呼吸を深くしてください。筋肉に酸素が届きませんよ」


「……はぁー、はい。……佐藤さんってさ、いつも厳しいよね。……でも、終わった後に『お疲れ様』って頭ポンポンしてくれた時、僕、なんだか……自分のお母さん……じゃなくて、すごく大事な人に守られてるって感じがしたんだ」


 レオが顔を上げ、潤んだ瞳で凛を見つめる。

 凛は、そのあまりの純粋な「子犬力こいぬりょく」に、一瞬だけ指先が鈍った。


(……ダメよ。この子は十九歳。私は三十五歳。……それに、この子はレンくんの大事な弟分なんだから!)


「……それは、血行が良くなって脳に酸素が回り、多幸感を感じているだけです。勘違いしないでくださいね。はい、次、ふくらはぎ行きますよ」


「……あはは、またそうやってはぐらかす。……ねえ、佐藤さん。僕さ、佐藤さんのこと、もっと知りたいな。……今度、レン君抜きで、美味しいスイーツのお店とか連れてってよ。僕、いい店いっぱい知ってるんだ」


 その言葉が、静かなストレッチルームに響いた。

 直後、部屋のドアが「バンッ!」という、明らかに不自然な勢いで開かれた。


「――っ、ダメに決まってるでしょ!!」


 そこに立っていたのは、次のレッスンの合間に様子を見に来た(という体の)レンだった。

 肩で荒い息をつき、瞳の奥には、いつもの陽気さをかき消すほどの「焦燥」と「嫉妬」が渦巻いている。


「あ、レン君。お疲れ様! 今、佐藤さんにマッサージしてもらって……」


「レオ。君、今なんて言った? 『二人でスイーツ』? 佐藤さんは、僕の専属なんだよ? メンバーのケアをお願いしてるだけで、デートの誘いを受ける権利まで売った覚えはないんだけど!」


 レンが、大股で二人の間に割って入った。

 レオは目を丸くして、レンを見上げた。

「え……? でも、佐藤さんはみんなのトレーナーだし。……それに、僕、佐藤さんのこと『いいな』って思っちゃダメなの?」


「ダメに決まってる!! ――じゃなくて、ダメなんだよ! 佐藤さんは忙しいんだ! 練習不足の君の遊び相手をしてる暇なんて一秒もないの!」


 レンの声が、上ずっている。

 凛は、呆れを通り越して、心の中で盛大に頭を抱えた。


(……レンくん、落ち着いて。……これじゃ、まるでおもちゃを奪われそうな子供じゃないの。……それに、レオ様が冗談で言ってるだけだって、どうして分からないのよ)


「……レン様。レオ様は、私の体調を気遣ってくださっただけです。……それより、レン様こそ、昨夜の配信後にちゃんとストレッチをしましたか? 腰の張りが、扉を開けた瞬間の音で分かりましたよ」


 凛が冷徹なトーンで指摘すると、レンは一瞬だけひるんだ。

「……それは……。……でも、とにかく! レオ、君はもう終わり! 次は僕の番だ! 佐藤さん、こっちの部屋に来て。……至急、緊急、超特急のメンテナンスが必要なんだ!」


 レンはそう言うと、凛の腕を強引に掴み、レオを置き去りにして隣の個人練習室へと彼女を連れ込んだ。


 バタン、と鍵をかける。

 狭い室内。鏡張りの壁に囲まれた空間で、レンは凛を壁際へと追い詰めた。


「……レン様。……乱暴ですよ。……腕が少し痛いです」


 凛の言葉に、レンはハッとしたように指の力を緩めた。

「……ごめん。……でも、佐藤さんが悪いんだよ」


「……私が? 何をしましたか」


「……レオにあんなに優しくするから。……あいつ、ああ見えて本気になったらしつこいんだよ? ……それに、僕だけのはずだったのに。……佐藤さんの手が、僕以外のメンバーを、あんなに気持ちよさそうにさせてるのを見るだけで……僕、おかしくなりそうなんだ」


 レンが、凛の肩に顔を埋めた。

 彼の身体は、激しい嫉妬と独占欲で、微かに震えている。

 

(……ああ、もう。……この子は本当に、どうしてこうも真っ直ぐなのよ)


 凛は、深いため息をつくと、そっと手を伸ばした。

 そして、彼の強張った首筋を、包み込むように優しく揉み解した。


「……レン様。……私は、あなたの専属です。……あなたが最初に見つけ、私をここまで連れてきてくれた。……その事実は、誰が何を言おうと変わりません」


「…………本当?」


「はい。……レオ様への施術は、あくまで『グループのパフォーマンス向上』のためです。……ですが、私の指先が、最も心を込めて解すのは……今、私の目の前で駄々をこねている、わがままな王子様の筋肉だけですよ」


 凛の言葉に、レンはゆっくりと顔を上げた。

 少しだけ赤くなった瞳で、彼は凛をじっと見つめる。


「……『駄々をこねてる』って、ひどいな。……でも、佐藤さんにそう言われると、なんか……負けた気がする」


 レンはふっと、いつもの陽気な、けれどどこか熱を孕んだ笑顔を浮かべた。

「……約束だよ。……僕を一番にして。……レオにも、他の誰にも、佐藤さんの『一番優しい指』は渡さないで」


 レンはそう言うと、凛の指先を一文字ずつなぞるように、自分の唇をそっと近づけた。

 触れるか触れないかの距離で、彼は囁いた。


「……今日、仕事が終わったら。……僕の部屋で、たっぷり『お仕置き』マッサージ、してよね。……レオに優しくした分、僕が全部、回収するから」


 その言葉に、凛の理性が一気に蒸発した。

 

(三十五歳、佐藤凛。……今日、私は死ぬのかもしれない。……いえ、これこそがガチ恋勢の『本望』なのかしら……!)


 廊下からは、レオが「レン君、ずるいよー!」と叫ぶ声が聞こえてくる。

 

 アイドルの独占欲と、最年少の初恋。

 ルミナス・レイの日常は、凛という一人のマッサージ師を巡って、ますます予測不能な熱を帯び始めていた。


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