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推しの肩甲骨を剥がすことになりました。〜営業スマイルの裏でガチ恋勢は限界を迎えている〜  作者: 寝不足魔王


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第13話:ルミナス・レイの聖域、戦慄のフルコース

 人生、何が起こるか分からない。

 数ヶ月前まで、画面越しに「レン君の鎖骨に住みたい」と呟いていた一介のファンが、今、そのレンが所属するアイドルグループ『ルミナス・レイ』の専用トレーニングルームに立っているのだから。


(落ち着け、佐藤凛。あなたは今、一人の理学療法士としてここにいるの。決して、目の前で上半身を晒してストレッチをしている美形たちの群れを、収穫祭を待つ農婦のような目で見てはいけないわ……!)


 凛は、支給された事務所のロゴ入りジャージの襟を正し、鋼の営業スマイルを貼り付けた。

 目の前には、レンを含めた五人のメンバーが揃っている。リーダーのカイ、最年少のレオ、そしてビジュアル担当のトウマと、ダンスリーダーのハルト。


「えー、改めて紹介するね! 僕が見つけてきた、僕の――じゃなかった、僕らの専属トレーナー、佐藤さんです!」


 レンが、少し鼻を高くして誇らしげに紹介する。その「僕の」と言いかけた部分を、隣で腕を組んでいるカイが鋭い目で見逃さなかった。


「……よろしく、佐藤さん。ライブの時は世話になったな。……一応、メンバー全員のコンディションも見てやってくれ。特にトウマは最近、膝の調子が悪いみたいなんだ」


「かしこまりました。お任せください」


 凛は一礼し、まずはビジュアル担当のトウマの元へ歩み寄った。

 トウマは「王子様」の愛称で親しまれる絶世の美青年だ。彼が少し伏し目がちに「お願いします」と囁くだけで、普通の女性なら心拍数が限界突破するだろう。


 だが、凛の手が彼の膝裏から太腿だいたいにかけて触れた瞬間、彼女の脳内は「美」から「解剖図」へと切り替わった。


(……っ! 何これ、外側広筋がガチガチじゃない。このままだと膝蓋骨しつがいこつが亜脱臼するわよ! 誰、この子にこんな無理なターンをさせ続けたのは!)


「トウマ様。……これ、かなり痛みますよね? 歩く時、右側に重心を逃がしていませんか?」


「え……。あ、うん。少しだけ……。でも、よく分かったね。マネージャーにも内緒にしてたのに」


「筋肉は嘘をつきませんから。……いいですか、今からここ、かなり『痛い』処置をします。耐えてくださいね」


 凛の瞳に、職人の殺気が宿った。

 彼女は容赦なく、トウマの太腿の筋膜に肘を沈め、力強くスライドさせた。


「――っ!? あ、あああああがががが!? 待って、お姉さん、痛い! 王子の顔が崩れる、崩れるから!!」


 あのクールなトウマが、床を転げ回って悶絶する。その悲鳴を聞いて、次に控えていた最年少のレオが青ざめた。


「ちょ、佐藤さん……? 僕、そんなに悪いところないから、優しくしてね? ね?」


「レオ様。……あなたは成長期なのに、ジャンプのしすぎでシンスプリント予備軍です。……はい、うつ伏せに。すねの裏側、徹底的に剥がします」


「いやぁあああ! レン君、助けて! このお姉さん、天使の顔してやってること悪魔だよ!」


 トレーニングルームは、さながら地獄の叫び声に包まれた。

 凛は、次々と美形たちをベッドに沈め、その華やかな外見の下に隠された「満身創痍」の真実を暴き、力技で修正していく。


 一時間後。

 メンバーたちは全員、床に大の字になって「生ける屍」と化していた。

 

「……はぁ、はぁ。……佐藤さん。あんた、マジで容赦ねぇな……」

 リーダーのカイが、首筋をさすりながら感心したように呟いた。

「でも、不思議だ。あんなに痛かったのに、今は身体が……自分のものじゃないみたいに軽い」


「それが、佐藤さんの『神の指』なんだよ! ねえ、言ったでしょ?」


 唯一、既に「調教済み」であるレンだけが、どこか得意げに笑っている。彼は、床に転がっているレオをひょいと跨ぎ、凛の隣にぴたりと寄り添った。


「佐藤さん、お疲れ様。……でも、一つだけ言わせて」


 レンが、少しだけ声を低くした。

 その瞳には、先ほどまでの陽気さはなく、凛だけを射抜くような強い光が宿っている。


「……あんまり、他のメンバーに触りすぎないで。……仕事だって分かってるけど、レオにあんなに優しく教えてあげなくてもいいじゃん」


「……優しく? 私、彼の脛の骨を削る勢いで揉んでおりましたが」


「そうじゃなくて! 指先が、なんか優しかった! ……僕にやる時より、気合い入ってた気がする!」


 まさかの、メンバーに対する公開嫉妬。

 床で死んでいたレオが、薄目を開けて「レン君、それはないよ……僕、死ぬかと思ったんだから……」と弱々しく抗議するが、レンの耳には届いていない。


 凛は、あまりのレンの「近さ」に、肺の空気が薄くなるのを感じた。

 

(困るわよ、レンくん。……そんな、自分だけを特別扱いしろなんて……。私は、あなたの専属なだけじゃなくて、今はグループ全体のトレーナーなんだから)



 内面のオタクが 「 もっと嫉妬して!  供給をありがとう! 」 と叫んでいるが、


 凛はそれを深海へと沈めた。



「……レン様。どの方にも、平等に、全力で施術しております。……もし不満がおありでしたら、次はレン様の番ですが、いつもの三倍の強度でいきましょうか?」


「……それは、勘弁してください。……佐藤さんの本気のやつ、明日まで引きずるから」


 レンは肩をすくめて笑い、凛の耳元にさらに近づいた。

「……でもさ。夜の配信のあと、また僕の家、来てくれるでしょ? ……あそこは、僕だけの佐藤さんの場所だからさ」


 その囁きに、凛の耳たぶが一気に熱くなった。

 「僕だけの場所」。

 グループ全体をケアするようになったからこそ、その「密室」という特権が、より一層重く、甘い響きを帯びていく。


(……バレちゃだめ。絶対にバレちゃだめ。……私が、この状況に、狂喜乱舞している変態ファンだなんて、死んでもバレてはいけないわ……!)


 凛は、沸騰しそうな理性をどうにか抑え込み、冷たくなった指先に再び気合を込めた。


「……さあ、レン様。……お喋りは終わりです。……仕上げに、その硬くなった脊柱起立筋、根こそぎ解させていただきますわよ」


「……あ、目がマジだ。……佐藤さん、お手柔らかに――っ、ぎゃあああああああ!?」


 ルミナス・レイの聖域に、この日一番の、そして一番幸せそうな悲鳴が響き渡った。

 

 凛の「二重生活」は、より複雑に、そしてよりスリリングな領域へと足を踏み入れていた。


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