第81話 アリシア、また騙される
「私はな、国民の『敵』になろうと思うんだよ」
スミナルド陛下は笑った。
ただ笑っていらっしゃった。
その表情からは何も読み取ることができない。
『構造把握』スキルで頭の中を覗く?
それをスレッドリーに伝えて今後の対策に――。
「私が『共通の敵』となることで、民は一致団結できる。一丸となって私を倒し、そして次のステージへと昇っていく」
次のステージって……。
ゲームに出てくる魔王じゃないんだから……。
「これが私の役割だ。これが道を示すということなんだよ」
「兄上……」
「お前だけには知っておいてほしかった。私の行動はすべて国民のためであるということをな。たくさんの人々から憎まれ、罵倒され、命を狙われることになるだろう。だが、お前にだけは私の意思を理解しておいてほしいんだ」
スミナルド陛下は立ち上がり、両手をあげて大きく伸びをした。
殺される覚悟はある。
でも、誰かに真実を知っていてほしい。
これが本心なのかな。
まるで憑き物が落ちたみたいにすっきりした笑顔。すべて胸の内を曝け出せて、すっきりしたのかもしれないね……。
「スレッドリー。なぜお前がそんな顔をするんだ? 不安がるな。大丈夫だ。すべてお前の尊敬する兄に任せろ。私は『敵』で、お前は国を導く『勇者』になれ」
スミナルド陛下の描いたシナリオがその通りに進んだら、スレッドリーがスミナルド陛下を倒す、ことになるの……? なぜそんなことをこの方は笑顔で……。
「なぜ……なぜこんなことをするんだ……?」
スレッドリーが絞り出すように呟いた。
「こんなこと?」
「ああ、こんなことだ。わざと民の前で愚王を演じ、批判を集中させる必要がどこにある⁉」
「それがあるのだよ」
「順を追って説明すれば皆わかって――」
「無理だな。今を生きることに精いっぱいの民に、100年後、1000年後を想像することはできないんだよ。そしてそんなことをする必要もないんだ」
「なぜだ。皆で力を合わせて未来に向けて踏み出せば――」
「民に必要なのは今、この瞬間のしあわせなんだよ。それを追い求めることのどこがおかしい? 今飢えて死にそうだというのに、『その麦は食べずに畑に植えよう。なぜなら春になれば、たくさんの人々を救う麦畑を作ることができるからだ』と。その理想論に何の意味がある?」
「それは……」
今すぐにその麦を食べて、1日でも生き永らえる。
そう考えるのが自然……。
「だがな、誰かが言わなければいけない。『その麦は食べずに畑に植えよう』と。『先の未来を考えよう』と」
それを言った人は反発を食らうでしょう。
だってそれを食べないと飢えて死んでしまう人からしたら、麦を奪おうとする『敵』だから。
「だが、それを言うだけではダメだな。どうしたらその麦を食べずに畑に植えることができるのか。そしてそれをしても、多くの民が飢えて死なずに済むのか」
「そんな方法があるのか⁉ だったらそれを――」
「ある。しかし、ここからの道のりは険しく困難だ。計画の骨子を話そう」
痛みを伴う改革だけれど、それでも明るい未来を予感させられるためには、「これならいけるかもしれない」という具体的、かつ実現性がありそうな案がなければいけないよね。
「端的に言うなら、最初にやるべきことは1つ。『君主制の廃止』だ」
なっ。
まさか自らそこに切り込むつもりなの……!?
「それは……兄上が王、ではなくなるということなのか?」
「私だけではない。この先、王が誕生しない国を作りたいのだよ」
「いや、しかしそれは……」
何度も首を振り、戸惑いを見せるスレッドリー。
いやうん、さすがにわたしもそれは……。
貴族を懲らしめる法を作るくらいかと……。
「君主制を廃止し、貴族という特権階級も廃止する。パストルラン王国は法治国家として生まれ変わるべきなのだよ」
絶対君主制と貴族階級を廃して、民主主義の法治国家へ。
身分制度がない社会の樹立。
その違いは前世の知識としては理解しているつもりだけど、どうにも自分事としては入ってこないわ。
王様がいない世界?
誰が1番偉いの?
国の代表を選挙で決める?
何のために……。
「富の再分配のためだ」
えっ、今スミナルド陛下がわたしの疑問に答えた?
気のせい……だよね?
「気のせいではないよ。アリシア=グリーン」
わたしの存在がバレている⁉
ヤバいヤバい!
エヴァちゃん!『常識改変』と記憶消去を!
「いつまで傍観者でいるつもりなんだ? こちらへ来て一緒に話そう」
≪アリシア、こちらへどうぞ≫
まさか……エヴァちゃんが手引きを……?
またわたしを騙したの?




