第80話 アリシア、背筋が寒くなる
「私の役割は、道を示すことだと思っている」
スミナルド陛下は玉座の階段に腰を下ろした。
「痛みを伴う改革を推し進めるのは簡単なことではないのだよ。しかし、簡単ではないからと言って手をこまねいているわけにはいかない。誰かがやらなければ、徐々に国は衰退していくものだからな」
スレッドリーは今度は途中で口を挟まず、静かにスミナルド陛下の言葉に耳を傾けていた。
「父上は良き王であったが、災害復興や貴族の不正対策に積極性を見せなかった。そこに課題を残していたと私は考えている」
それは、うん……。
10年以上も南部地域は放置されていたし、おそらくそのせいで周辺の治安が悪化しているみたいだし。
まあそれでも最低限の手は打っているとは思うんだけどね。被災者はほかの地域に生活の拠点を移させているし、生活も保障しているし。でも、土地を離れた人々を戻すためには動かれてはいなかったのかな。今11年ぶりにその任を与えられているのはスレッドリーなわけだし?
「私は父が残した負債を引き受け、返していかなければいけない。いいや、私だけではないな。スレッドリー、お前もだ。これは王位を継いだ私だけでは成し遂げられない問題だ。お前を含め、我ら王族が一丸となって取り組まなければならない問題なのだよ」
「それは……重々承知しています」
わたしたちの仲間の中には、被災したエイミーンさんがいる。そして復興の最初の作業に携わったラッシュさんもいる。暗殺集団≪シガーソケット≫のこともあるし、ぜんぜん他人事じゃないんだよね。
「なあ、スレッドリー。私の夢を聴いてくれるか?」
階段に座るスミナルド陛下は、両膝に肘をついて前かがみになった。
「今日はとことん腹を割って話しましょう。俺はそのためにここにいる」
スレッドリーが深く頷くと、スミナルド陛下は満足そうに微笑みを浮かべた。
「ありがとう。私が真の意味で頼りにしているのはお前だけだよ」
スミナルド陛下はいったい何を言おうとしているんだろう。
ここからが本題なのだろうけれど、ずいぶん前置きが長い気がする。
もしかして、身代わりになれ?
それとも内乱になったら『剣聖』スキルを活かして、最前線に立て、かな?
どっちにしても面倒ごとを押し付けられそうな気配がするよね……。
「さっきも言ったが、私の役割は道を示すことだと思っている」
「それは聞いた。兄上はその言葉通り、道を示されていると思う。それが国民の多くに受け入れられないものだとしても、理想の未来を見据えたうえでの行動だということはよくわかった」
それはわたしにもわかった。
賛同できるかどうかは別として、だけど。
「改革に痛みが伴うと言ったが、実は必要なものはそれだけではないんだ。お前にはそれが何かわかるか?」
んー、なんだろう。
少し唸った後に、スレッドリーが口を開く。
「絶対に成し遂げようという心。強い意志だろうか」
あー、それそれ! 今言おうと思っていたのになー。
仕方ないね。今回はスレッドリーに花を持たせてあげましょう。
「もちろんそれは必要だな。しかし、私の思う答えはそれではない」
あれー? なんだろう。
ほかに何か必要かな? あとはそれを成し遂げるまでの時間? お金? 人員?
「敵だ」
背中に、いきなり氷を放り込まれたような寒気を感じた。
敵、か……。
「なあ、スレッドリー。わかるか? 世の中が大きく動くためには、一丸となって立ち向かう共通の敵が必要なんだよ」
ああ、たしかにそうだ。そう思ってしまった。
敵。
その言葉を呼び水にして、わたしの中で前世の知識が紐解かれていく。
敵はなぜ存在するのか。
戦いは……大きな戦争はどうして起こるのか。
自然発生……なんてことはありえない。明確な目的があり、仕掛けた人物いて、大半の人間は巻き込まれる形で戦いは広がっていくのだ。
ほとんどの場合、戦っている兵士同士が憎み合っているわけではない。
けれど、戦争が始まれば人は人を殺すのだ。
それはなぜか。
敵対するモノを倒すためだ。
最初は2国間の争いでも、それは徐々に周りへと広がっていく。
どちらの国に賛同する立場をとるのか。
お前は敵か? 味方か?
味方の敵は敵。
敵の味方は敵。
本来無関係のはずなのに、同盟国の外にいる国を敵国認定して戦いに参加していく。
『共通の敵』が強大であればあるほど、味方の結束力は強くなり、戦いはヒートアップしていく。
「私はな、国民の『敵』になろうと思うんだよ」
スミナルド陛下は笑った。




