黒竜王クロア
大きかった。
いや、洞穴の大きさからそれ以上ということは在りえない。故に洞穴よりは小さい。それでも、目の前にいる竜王は、山と見まがうほどに大きかった。
何が、といえばそれは抽象的な答えにしかならない。物理的には椛たちが登ってきたこの山よりも小さい。だが、山以上に大きな存在感が、そこにはあった。
紅の瞳が、椛たちを捉える。
「よく来たな、人間よ」
「あなたのことは、『竜王』と呼べばいいですか? それとも、『知恵ある竜』と呼べば?」
だがその迫力にも威圧感にも負けることなく、椛は竜王を見上げて問いかける。
「ふむ。まぁ吾としては吾を認識できる呼び名であれば好いが……。
いやまて、そうだな人間も吾を見上げるというのは辛いだろう。かくいう吾も見下ろすというのは嫌いではないが疲れるからな」
「えっと?」
「少々待っていろ」
突然自問を初めて自己解決する竜王。
椛も突然のことすぎてついていけず、その間に竜王は行動を起こしていた。
「「「っ!?」」」
竜王の体が、眩く光る。
突然の閃光に視界を奪われ、椋と悼也は解いていた臨戦状態を再度引き起こし構える。
だが光の中では何も起きることは無く、麻痺していた視界も徐々に回復していき、三人は慎重に目蓋を開いた。
「これでいいだろう」
「はぁ……って誰よあなた!?」
「はぁ? 何を言っているんだオマエは?」
そして眼の前の光景に、椛は愕然とした。
先ほどまでいた竜王の黒々しい姿は其処に無く、椛の目の前には一人の女性がいた。
褐色の肌、黒いよりも黒い髪、そして紅の瞳。
「もしかしなくて、竜王……さん?」
「もしかしなくても竜王だ。ただし、この状態のオレの名前は『クロア』だ。そう呼べ」
「は、はい」
「それとその堅苦しい言葉をやめろ」
腕を組んで仁王立ちし、人間の姿となった竜王はクロアと名乗った。
竜が人間になれるということなど知りもしないわけだから、驚くのも無理はない。
ただ、
「それはわかったけれど、まず言わせてもらっていい?」
「なんだ、モミジ?」
「服を着なさーい!」
全裸だった。
「悼也君は回れ右~!」
「………………」
状況を認識したところで、椋が即座に悼也に背を向けさせる。
いくら目の前にいるのが竜とはいえ、姿形は女だ。喋り方が男そのものであったが、声質は女である。
考えてみれば、人間やエルフといった人間型の生物は基本的に服を身に着けている。だが、それ以外の生物と云えば体毛や鱗とはいえそれは己の一部であるのだから、何も身に着けていないということに等しい。故に竜が人間になれるというのなら、竜は何も身に着けていないのだから人間になれば裸なのは道理であった。
しかも悔しいことに、クロアのからだつきは素晴らしかった。
胸はエルサーシュに一歩負けはするが、染み一つとない褐色の肌、引き締められた腹部、胸にも劣らない丸みを帯びた臀部。そして何よりも、それらを引き立てているのは身長ゆえであった。すれ違えば十人に九人はクロアをもう一度拝もうと振り返るだろう。
「ん、おおそういえば人間は服を着るんだったな。少し待っていろ」
「またか――」
「――これでいいだろう」
「はやっ!?」
といったところで、服を着ることを思い出したクロアは一つ言い残し、椛が呆れようとしたときには、既に帰ってきていた。あまりの速さに驚くしかない。
そしてクロアが身に纏っていたのは、一つの『布』だ。
いや、布というと僅かに語弊が生じるが、どうやらそれは頭巾のついた外套であった。
クロアの首から下を完璧に覆っており、刺激的な体躯は隠された。それも不思議なことに、一部分が強調されるであろうはずの外套の一部は、『盛り上がる』こともなく、絶壁を作り出していた。
それでも体を隠すには至ったので、椋は悼也を再度回転させて正面を向かせる。
「……それにしても、女だったの?」
事態もある程度収束したところで、椛はクロアに問いかけた。
明らかに竜の姿の時は男で相違ない声であったために、人間になったらこれなのだから驚きもする。
「いや、そもそも竜に性別は存在しない」
「どういうこと?」
だが、クロアが答えたのは二択ではなく三つめの答えであった。
「正確に言うなら、『知恵ある竜』というのは子孫を作るとき、己の姿をこの世界で最も多い生物に変化することが出来るのだ。そして、この世界において現在最も勢力を持っているのは人間。故に、オレ達『知恵ある竜』は己の姿を人間の雄か雌にすることが出来る」
「それじゃあ、どうしてクロアは男言葉なのに女の姿をしてるの?」
「あー、まぁなんというかだな……そもそもの事の発端を話すようになると面倒なんだから割愛するんだが……、オレが最初に人間に『させられた』時の姿が女だったんだ」
「『させられた』?」
しかも、クロアの言葉はあまりにも意味ありげなものであった。しかし、クロアは苦い顔をしてそれをしゃべる気ことはなかった。
「そいつはいい。ま、とりあえず女の姿だったときがそれなりにあったんだよ。だから、オレは人間の姿をとるときは女なんだ。それに、この『クロア』という名前も、オレが人間の女の姿をしているときに貰った名前だからな……」
「そうだったの」
「ああ。ま、オレの話はいいだろう。それで、『あえて』聞くがモミジ、オマエは何をしにここまで来た?」
クロアはどのようにしてかはわからないが、椛たちの事情を知っているのだろう。
そこには虚勢は無く、ただ椛の口から発せられるであろう言葉を待っていた。
だから椛も、応える。
「私たちは、こことは違う世界からここに迷い込んできたわ」
「ほう」
「だから、単刀直入に聞く。長い時を生きている竜ならば……『知恵ある竜』の『竜王』であれば、私たちが元の世界に戻る方法を、知らない?」
「………………」
椛の言葉に、クロアは目を瞑って考え込んだ。
何を考えているかなどわからない。ただ、椛に出来るのはクロアの返答を待つだけ。
それが、どれだけ経ったか。実際にはほとんど時間は過ぎていないのかもしれない。クロアが、目を開けた。
「オレに、オマエたちが元の世界に戻る方法というのは知らない」
「そう」
椛の中でも、答えはなんとなくでも決まっていた。
「だが――」
しかし、クロアの言葉はそこで止まらない。
「――だが、オマエたちならその方法を見つけられる場所を、知っている」
「え?」
続くクロアの言葉。それこそ、椛たちの求め続けていた答えの一端に、指が触れた瞬間であった。
実のところ、クロアを知っている人がいたら驚きます。知らないことが当たり前です。なんせ八か月ほど前に投稿した作品で半年前に消した作品ですからねぇ……。




