気まぐれものとの命懸け
お待たせしました。
「本当にッ!?」
「心当たりがあるって程度だがな」
「それでも十分! お願い教えて!」
いきなりの希望に、椛もいつも以上に興奮しており、また思慮を巡らせる余裕が失せていた。
藁をも縋る勢いで、クロアに詰め寄る椛。
「ただで教えるのはな~」
「何か要望があるの? 『なんでも』は聞かないけれど、『大体』は聞くわ」
「本当か!? なら、今からオレと喧嘩しよう!」
「……は?」
あっさりとクロアも情報を教えてくれるというわけにはいかず、譲歩の余地があると見た椛はその条件を聞く。その条件は、あまりにも突飛なものだった。
椛も椋も、悼也でさえ面を喰らっていた。
そんなことはお構いなく、クロアは話しを続けていく。
「いやなぁ、最近は全然争いもないし刺激が無くて寝てばっかだったんだよ。それで、暇だなぁとか思っていた矢先に、オマエたちが現れたということだ。そんで、オレ様の欲求を満たすためには、喧嘩だ! 無論、オマエたちに人間に合わせてオレ様もこの姿を基準に戦おう」
「殺しはもちろん無い、わよね?」
「……十中八九無い」
「つまり一か二で死ぬのよね?」
「当たり所が悪ければの話だ」
「そうなるかー」
「だがオレ様に手っ取り早く話を聞きたいならそれが一番だがな。というよりは現状それ以外で話す気はない」
選択の余地は無かった。
いくら人間の姿形をしているとはいえ、竜だ。それも『竜王』だ。実際に相対はしていないのでわからないが、人間の姿をしていてもクロアは強いのは確実である。
ここにきて、最も戦いたくない相手であった。そうはいっても、ここでクロアと戦わなければこの先その話を教えてくれなくなるかもしれない。それは避けたい。故に、答えは最初から出ている。
「……わかったわ」
「よしっ。そっちは三人同時でいい。人間の形の状態のオレは『基本的』に人間と構造は変わらないというのは教えておこう」
「肝に銘じておくわ」
「そんじゃ始めよう! さぁ、喧嘩だ喧嘩ッ!」
ほぼなし崩しの強制的に、『竜王』クロア(人間状態)との戦いが幕を開けた。
「くっくっく、先手は譲ってやろう」
余裕の笑みを浮かべるクロア。
それもそのはずであり、いくら人間の形をしているとはいえ、椛たちの勝ち目は無いに等しい。
「っ…………」
それ以上に、一人の少女は困惑していた。
三人の中でもっとも戦闘に長け、多くの外敵を蹴散らしてきた少女。椋だ。
緩急の激しさに関していえば彼女ほど緩くもあれば締まっている人間もそうはいない。
態度の真意には多くの思惑を乗せている。しかしこの場において『緩』は必要ではなく、『急』を前面に出している。そこに余裕は存在せず、ただ目の前の相対者を降すことを最優先とした意思がある。
故に、最初に必須となるの相手の情報。何も聞き出すだけが情報ではない。眼で観察し、耳で判断し、肌で感じとる。姿勢ひとつ、歩き方ひとつで『達人』と称される者たちは相手の力量は測り、また他の『達人』に測られないように隠しもする。
しかし椋が驚いたのは何よりもクロアの立ち姿だ。
椋の実力であれば相手が服を纏っていたといてもほぼ確実な情報を読み取ることはできる。しかし、今目の前にいるクロアからはそれが微塵も読み取ることができなかった。
違和感がある。見た目から身長はまだわかる。しかし、それ以外の……身体の起こり、身体能力など、対人戦において重要となる情報が、まったく把握できなかった。特に、体格に骨格、関節が把握できているかというだけでも行動の選択に差が生じる。
故に、迂闊に踏み込むことが叶わない。
そのことは、傍らにいるもう一人の少年が知らないわけではなかった。
しかし、
「先に動く」
「悼也君……」
「わかっている」
「ならっ」
「動かねば勝てるものも勝てん」
「……ありがとう」
「………………」
それを知っているからこそ、彼は動いた。
この世界に来てから使い続けてきた金撥を左右の手に握り、駆ける。
「ほう、最初はオマエか。先にそっちの女が来ると思ってたが……まぁいい、相手をしてやろう!」
悼也が飛び出したところでクロアに動揺はない。あるとすれば期待だろう。目の前にいる人間がどこまで楽しませてくれるのかという期待。
傍から見れば馬鹿正直に悼也はクロアの正面を走る。
クロアは突っ込んでくる悼也を見据えてはいるが警戒も身構えもしない。
そんな様子を見て取った悼也も、行動に移る。
「おぉ!?」
「シッ」
彼我の距離が詰められ、視界のほとんどが正面の人物で埋まろうとした瞬間、悼也の姿がクロアの視界から消える。
霞かくやの一瞬の出来事にクロアも驚きの体を表す。
が、
「ッ!?」
金属音が響き渡る。その予想外の現象に、悼也は眼を見開き動揺した。
彼が行ったのはグリュークとの戦いでも行った技法のひとつであり、死角からの強襲だ。だが今回悼也は頭を狙うのではなく、足を狙った。狙いは違わず超低姿勢から放たれた一撃はクロアの足が在ると思しき場所に衝突した。だが、撥が衝突音を響かせた後に不動の壁を殴りつけたかのような感触が指を手を腕を伝わり、痺れを生じさせた。
「――ふッ」
だが動揺は一瞬。
悼也は即座に判断を降し、更なる行動に移る。
相対する者の前で無防備を晒すは愚行。停止しかける脚を強引にでも運び足首と膝、腰を連動させてクロアの身体に沿うようにして回転。背後へと移動する。
「おぉおぉ?」
目まぐるしく移行していく光景にクロアは楽しげな声を上げつつも、反撃を行うことはしない。強者としての余裕だった。
それでも、その余裕が存在する間に悼也は追撃を行う。
回転による遠心力を利用し、未だ痺れていないの左手の撥を振るう。この時彼は撥に影を纏わせ、クロアの右肩を袈裟切りの要領で打撃する。
しかしそれも、謎の金属音と布を巻き込もうとする摩擦音が発生するだけであり、クロアに満足な痛手にもならない。
「んー」
クロアは成すがままであり、悼也の自身の放った二回の攻撃は全て想定したとおりの理想的なものであった。だというのに、クロアにとっては大した痛手にもなっておらず、表情は楽しさよりも残念さが今では滲み始めている。
悼也としては精霊の力を行使しているというのに結果は芳しくないというのだから、やはり人の姿を形作っているとはいえ竜王は手の届かぬ位置に存在する者だった。何せ、力を見せ付けるまでもなく互いの力量差ははっきりとしているのだから。
しかしだからといって、悼也の中で攻撃の手を休めるという理由ができたわけではない。
今彼がすべきことは情報を集めるということ。後ろにいる、自分に任せてくれた彼女に出来る限りの攻略法を見つけ出させるということ。そのためには、止まってはならない。
「ッァ!」
短い掛け声と同時に不必要となった肺の空気を吐き、全身に鞭打つことで無理な動作をも可能にする。元より多少の無理が行えるように出来ている肉体。この場面でこそ、真価を発揮させる。
本来であれば耐え切れない動きに腕に脚に張り巡らされている血管が千切れ、筋肉繊維が傷つき、服の下の皮膚の下で青が滲み始めているだろう。それだけの痛みが、悼也の全身に迸っている。だが、彼は知っている。この程度の痛みでは、血管が切れようが筋肉の繊維が千切れようが、既に再生していることぐらい知っている。
悼也の傷の修復具合は常軌を逸している。本来であれば獣人王リムカヒルに殴られたときの傷など常人であれば全治数週間。それを、一週間掛からずとして治したのだからその時点でその異常性は垣間見えるだろう。
そんな、明らかに異常な『再生』肉体は行い、悼也はクロアに向けて縦横無尽と撥を握って全身を乱打していく。
殴るたびに金属音は響き渡り、踏み込むたびに土煙が起こる。振るう腕は常に風を切り、全身からは汗が飛散する。
「ッゥ」
動きを休めることはなく、短く最低限の息を吸う。
軽い酩酊感が脳を襲うが屈することはなく、全身に行き渡った酸素をその場で使い切るように身体は駆動する。
故に、
「ッァ、ッゥ……!」
限界もまた早い。
悼也の息が上がり始めた。最初こそ余裕のあった表情は、今では隠すことも出来ないほどに苦痛を浮かばせるほどに。
異常な自然治癒能力。それだけを鑑みれば、とても便利なものだ。だが、現実とは甘いものではない。
肉体が損耗すればするほどに肉体は燃料を欲し、燃料を与えれば与えるほどに肉体は粗悪な車を上回るだけの燃費で以て肉体を動かし続ける。
限られた燃料――つまり体力――は常に有限だ。元より常人以上に体力が存在する悼也であろうとも、標高の高い場所で全力疾走する以上の苦行。肉体という杯に体力という水は、杯を逆さにした速さで失われていくに等しい。
それだけの、文字通り身を削るだけの嵐の如き攻撃の中で、クロアは顔を顰めていた。
「飽きたな」
そして呟かれた一言は、観ることを止め、動くという意味であり、
「出直せ」
振りぬかれた腕は縦横無尽に張り付いていた悼也を事も無げに捉え、蝿を振り払うかのごとく叩き飛ばす。
悼也を一瞥することはなく、獰猛な笑みを浮かべた視線の先には椛と椋。
「さぁて、本気を出せよ……人間」
ただ喧嘩を楽しむために、クロアは動き出す。
所要諸々の始まりの季節というだけあって、遅々としながらも区切りの良い部分でしたので更新しました。
続きも遅れるかもしれませんが、長い眼で見守ってくださいませ。




