西国ザントキシルム
長閑な場所。
ザントキシルムという国について椛が最初に抱いた感想はそんなものだった。
悪く言えば田舎――それを言ってしまえば三人の住んでいた場所も田舎なのだが――であり、今まで見てきた国とは違って落ち着いていた。だからなのか、椛、椋の中には懐かしいという気持ちもあった。
人通りは多くないから賑やかさは無く、家は冷たさを感じるだけの石築ではなく温もりのある木築の建物。二階建ての家は一つもなく、密着し合っていないからこそか窮屈感は無い。かといって住人同士はお互いに支え合う生活をしており、夕飯のおすそ分けや自分の管理している菜園で採れた野菜などを分けるというものがあり、ドラクンクルトのような都会とは正反対の様相は不思議にも感じられた。
「落ち着くわねぇ……」
「そうだね~」
ただ、今までの中では一番の長旅であった三人としてはこういった雰囲気は気を休めやすく、安心できるものがあった。
着いたのはよいとして、宿は無いかと探し、入ったのだが……
「あー、君たちはギルドの方?」
「そうですけど……」
「ギルドの人は、一度ここのギルドに行ってくれるかい? そこで許可が貰えたらもう一度来ておくれ」
どうやら一筋縄ではいかず、まずギルドに行くように言われてしまって宿をとれなかった。
なので、宿屋の主人に言われた通りにギルドの場所を教えてもらった後に向かうことにしたのだった。
ザントキシルムは、元々は大きく発展した国だった。
それはザントキシルムが出来る前の、名も無き土地だったときに多くの開拓者たちが訪れる場所だったからだ。
人が集まればその分だけ土地は広げられ、技術は発展しまた人は増えていく。そうやって、ここは大きくなっていった。宙に浮かぶ泡のように、危うさを含みながら大きく、大きく。
どうしてこうにも発展したかと言えば、この近くにはエルフが住むという噂が昔から存在したからだった。遥かに人間に似ていながら、何かが違う存在。それは、森へと入っていた狩人が時折目にする幻のように曖昧模糊なものであったが、噂に尾ひれが背ひれが付くのは世の節理であり、一発大きな花火を打ち上げようとした者たちがいたというのが真実である。
そんな勢いも時間を経つにつれ落ち着いていき、人は去っていく。
最後に残されたのは、荒れた土地と発展しながらももう利用されることはない多くの店子ばかり。価値の無くなった場所に金が入るわけはなく、下火となってすぐにも家庭を維持することのできない者たちは増えていき、今度は飢えが発生し無理な発展による治安の悪化に魔物が徘徊し、あれだけ栄華を誇っていた場所は一転して危険な場所となった。
その悪循環の流れを叩き壊したのは、たった一人の男であった。
前ザントキシルムのギルドマスターであった男だ。
まず荒れた土地を耕し緑を増やし、次に必要ではなくなった店に無駄な家は全てその手で取り壊していった。
次に行ったのは規模の縮小。住んでいる人間の最低限だけの家を建て、訪れるであろう旅人のために宿屋はギルドが最低限を保証して作り、それ以外の店はほとんど潰した。むろん、無駄に広くなっていたギルドも取り壊した後に最低限の機能を持つように彼は建て直した。また、このまま定住する者には田畑を与え、その日の食糧にするよう定めた。
そうして、短い期間であれだけ立て直すことは不可能とされていたザントキシルムを生きるのに必要な分まで再興したのだった。
「こんにちわ。あなたたちは、このギルドへは初めて?」
「はい、そうです」
「そうでしたか。それではこちらでお待ちください。ギルドマスターを呼んできますので」
「あ、はい……」
一見普通の住宅と変わらない木造建築で、ギルドの看板がなければ見逃してしまう場所にギルドはあった。
扉を開けて中に入ってみれば人は奥にいる女性だけであり、それ以外には誰も見当たらない。そんなわけで女性も三人が入ってくるとすぐに気づき、柔和な笑顔を浮かべて応対する。
初めてだということを答えると、女性は一つお辞儀をして近くにある席へと三人を案内したのち、奥へとギルドマスターを呼びに行った。
「ねぇ椋、このギルドあの女性以外に誰かいる?」
「女の人がいるのは見てわかったけど、どうしてだかギルドマスターさんがわからないんだよね~」
奥へと消えた女性を確認すると、すぐさま斜め後ろにいる椋へと小声で質問する、しかし椋の答えは曖昧であり、どうにもこのギルドの建物内にはさっきの女性以外の気配を感じられないらしい。
これはフェルラの時もそうだが、ギルドマスターという存在のほとんどは気配を消すのが趣味なのかとつい疑念してしまう椛だった。
「あ」
とすると、何かに気付いた椋が一言声を出す。
ちょっと間抜けな声を聴いた椛もそれに反応し、視線を上げてみれば奥から足音が聞こえてきた。
先ほどの女性が歩いていた時の軽いものではなく、重く大きさある足音。そして音に気付くと同時に、一人の男性が姿を現した。
「お待たせして済まない」
「いえ」
「ワタシはグリューク。ここギルドのギルドマスターを務めさせてもらっている」
椛のいる席までやってきた男は想定通りギルドマスターであった。
グリュークと名乗った男はがっしりとした体格であり、悼也の二周りは大きい。
背には斧を担いでいた。
「私の名前は椛です」
「ボクは椋です」
「悼也」
「ああ。キミたちの名前は聞いている。ビスタートが教えてくれたからな」
「そうでしたか」
「さて、キミたちが来た理由を聞かせてもらえるか?」
「はい。私たちは、エルフを探しに来ました」
「それは、なぜだ?」
「それは……」
椛は元々用意していた答えの内の一つを、答えようとして言葉を詰まらせた。
それは単純に思い出せないからではない。混乱したわけでもない。
目の前にいる、グリュークの目を見た瞬間に、嘘を吐くことが出来ないと悟ったからだった。
こちらの内心までもを見極めようとするその視線。椛はそれでグリュークの評価を一つ上げた。
体格だけではない。力だけでもない。この男は、真偽を見ぬだけの力もあるということを。だからこそ、ギルドマスターになれているのだと。
だから椛は、信じられることは無くとも本当の理由を話すことにした。
「……私たちは、別の世界からやってきました」
「ほう」
深呼吸をして、意を決しグリュークにはまず自分の身分を話す。
初手から荒唐無稽な話であっても、グリュークは短く促しただけで、聞く気があるということを読み取る。
「私たちの最終的な目標は元の世界に戻るということです。そして元に戻る方法を模索している最中、とある文献で西の森にはエルフがいるということを知りました」
「………………」
「そしてもし本当にこの先にエルフがいるというのなら、この国に精霊という言葉をもたらした彼等ならば、元の世界に戻るための手がかりを手に入れられると、そう思ったからです」
「……そうか」
別に自分たちの境遇を話すとしても悲観的で無くてよい。また、彼が聞きたいのはどうしてザントキシルムにやってきたということ。だからこそ、椛は簡潔に目的を話した。
グリュークは目を瞑ったままで一つ頷くと、目を開く。
「キミたちは、このギルドに違和感を覚えたか?」
「それは……」
辺りを見渡す。
既に三十分ほどは経過しているはずなのに、このギルドには誰一人として出入りはしてこない。
ピメンタのギルドでは十分に一人は誰かがギルドにやってくるというのにだ。
それはまるで、帰ってくる人がいない。それが、椛の思ったこと。それでも、口にするのは憚れた。
「うむ。キミが思う通りこのギルドには、ワタシと後ろにいる家内しかいないということにだ」
「っ!?」
そしてその目線の動きを見てグリュークも椛の考えていることはわかっており口にした。
椛も、本当に考えていたことが肯定されたからこそ、驚きは隠せなかった。
何せいくらここが田舎であるとはいえ、依頼は必ず存在する。そうなれば、最低でも受付が一人は必要であり、もう一人は常に依頼を実行するということだ。実質、依頼をこなしているのは一人しかいないということなのだ。
「昔はここも賑わっていた。といっても、ワタシの父の話であり、ワタシがこのギルドを継いだ時には既に一人だけであり、今は家内と二人でギルドを回している」
「それなら――」
「――だが。
……だが、ワタシは誰一人として、ギルドメンバーを増やす気はない。
宿屋には行ったか?」
「行きました。そして、ここに来るように言われました」
「それはワタシが宿屋の者に言ったのだ。旅の者は泊めてもいい。しかし、ギルドの者がやってきた時、此処に連れてこいと」
「なぜそんなことを?」
「一つに宿屋はキミたちの行った場所にしかない。そして、このザントキシルムには時折エルフを探しに来たギルドの者たちが来る。そして、何も知らぬギルドの者たちは、森へと入るなり荒らしていく。それをさせないためだ。そのために、ワタシが自身の目でやってきたものを見定める。今のキミたちにしているようにな」
「………………」
「ほとんどのものは、富が得たい、名声が得たい、欲望を吐き出す者ばかりで実力の伴わない者ばかりだがな。
その分、キミたちは最初の意志においては合格だ。そして次、実力。それを見定めさせてもらおう」
「わかりました」
「ついて来い」




